「わたしね、ほのかさんに会ってるんだ」

みさきがゆっくりと言った。
会ってるって・・・いつ・・・?

「信じれないかもしれないけど、わたしは天使とか人魚とか妖精が見えるんだ」

まるでお伽話のような話。天使や人魚や妖精が実在する・・・?
うそ・・・。本当に・・・?

「自分に見えないことを信じるのって難しいと思うけど・・・信じて。
わたしは生きていた頃のほのかさんには会ったことはないの。
わたしが会ったほのかさんは天使のほのかさん・・・」

ほのか・・・ほのかは天使になったの・・・?

「ほのかさんとたくさん、夏奈の話しをしたの。たくさん・・・。
でも、彼女は自分の名前を名乗ってはくれなかった。
自分の名前を言えば夏奈が泣くことがあるだろうからって・・・」
「ほのか・・・っ・・・」

自分の名前を名乗らなかったほのか。
私が泣くから・・・?私のことを思って・・・?

「ほのかさんね、ずうっと夏奈の側にいたんだよ。本当に、いつも・・・。
夏奈は見えないから仕方ないよねって哀しそうに笑ってた。
ほのかさんつらかったって・・・夏奈が笑ってくれないって、
自分のためにずっとふさぎ込んでいたって・・・。
自分のために夏奈が変わってしまったって・・・。
夏奈が泣いてるのが一番つらいってさ」
「ほのか・・・」

ほのか・・・ほのか・・・ほのか・・・。
そんなふうに思っていてくれたの・・・?
私のことをずっと・・・見ていたの・・・?
ずっと側にいてくれたの・・・?

「ほのかさんね、さっき、夏奈が歌ってくれて嬉しかったって。
夏奈の歌が大好きだからって・・・」
「ほのかっ・・・ありがと・・・」

涙がとまらない。ほのかが聴いていてくれた・・・私の歌を・・・。
ほのかが大好きと言ってくれた歌・・・。
あの歌は、まさに私の心なんだ・・・。
あなたがいないと心が苦しい。あなたがいると嬉しい・・・。
側にいて欲しかった・・・。

「ねぇ、夏奈。夏奈は気付いてないけど、ほのかさん、
今、夏奈のトナリにいるんだよ。夏奈のことを心配してる・・・」
「ほ、ほのか・・・?」

顔をあげる。
ほのか、ほのか、どこにいるの・・・?
見えない・・・私にはほのかが見えないよ・・・。

「ごめんね、ほのか・・・ごめんね・・・私・・・ほのかが見えないよっ・・・」
「夏奈・・・」

ほのか・・・ここにいるに・・・私には見えない・・・。
一番会いたい人がここにいるのに…会うことができない・・・。

「夏奈」

みさきが私の前に立った。

「私がほのかさんの言葉を伝えてあげるわ・・・」

そっとみさきが宙に手をおいた。
そして、その手を私の手の上においた。
え・・・?

「ほのかさんだよ・・・わたしの手じゃなくて、ほのかさんだよ」
「ほのか・・・」
「夏奈・・・」

見えない・・・見えないけど・・・かすかに暖かさを感じた。
ほのかが側にいる・・・。

「夏奈がわたしのために泣くのはもう見たくない。夏奈の笑顔がみたいよ・・・。
わたしが死んでしまったのは神様が定めた運命だからであって、 夏奈のせいじゃないよ。
わたしだって、もっと夏奈と一緒にもっと生きたかった・・・一緒に音を奏でたかった・・・。
でも、仕方がないことだから・・・どうしようもないことだから・・・ 泣かないで・・・。
わたし苦しくないよ。 夏奈には見えないみたいだけど・・・わたし天使になったんだよ。
よく夏奈に言ってたよね。天国にいったら天使になりたいって・・・。
天使ってちょっとしかなれないんだよ。
夏奈がわたしのことを強く思ってくれてたから・・・ 神様がわたしを天使にして下さったんだ。
ありがとう、夏奈」
「ほのかっ・・・ごめんね、ごめんねっ・・・
私、ほのかが好きで・・・大好きで・・・一番大切だった・・・。
ほのかがいなくなって・・・私・・・っ私っ・・・」
「いいよ、知ってる・・・わかってるよ・・・。夏奈が笑ってくれればわたしはそれでい いの。
夏奈が幸せになってくれることが、わたしの望みだから」
「ほのか・・・」
「わたし、夏奈が大好きだった。一番大切だったよ。だから、泣かないで。
わた しの大好きな夏奈にもどって・・・」
「ほのか・・・あの約束…覚えてる・・・?」
「もちろん、覚えてるわ・・・。わたしたちはずーっと一緒。ずっと親友だよね」
「うんっ・・・・・・」

ほのか・・・ありがとう・・・。
ずっと側にいてくれて・・・気付かなくてごめんね・・・。

「ううん、いいのよ、ほのかさん。また夏奈に言いたいことがあったら言ってね。
私でよければ伝えるから・・・うん。それと、モデルになってくれてありがとう。
ほのかさん、とっても素敵だから・・・ふふっそんなことないわよ。
まだまだ、ほのかさん、もっと綺麗だもの。腕上げなくちゃね」

みさきがほのかと会話してる。
みさきの一人芝居なんかじゃない。
ほのかに会ったことがない、私とほのかのことを何も知らないみさきが、
ここまで私たちのことを演じきれるはずがないから・・・。
ほのかは確かにここにいるんだね・・・みさきと会話してるんだ・・・。
みさきが描いたほのかに目をやる。
微笑んでいるほのか。天使の翼がよく似合ってる。
ほのかだ・・・ほのか・・・。

「夏奈、ほのかさんがね」
「うん」
「天使や人魚が見えるのは心が純粋な人なんだって。
だから、いつか夏奈にも見えるかもねって・・・」
「・・・みさきはすごく純粋な心だもんね・・・私にもわかるよ・・・。
私は・・・無理だよ・・・私は汚れちゃったから・・・ごめんね・・・」
「夏奈・・・」
「でもね、みさきが描いたほのかの絵で大丈夫・・・。
それにね・・・私・・・ほのかに会ったらほのかを縛りつけちゃう・・・」
「夏奈・・・」
「ね、みさき・・・またほのかの絵…描いてくれる・・・?私に見せてよ・・・」
「・・・もちろん・・・こんなに綺麗な天使さんをモデルにできるなら大歓迎よ・・・
ね、ほのかさん・・・って、泣かないでよ・・・」
「私、ほのかに会いたくないんじゃないよ!
会いたい・・・会いたいけど・・・見えないんだもん・・・。
だからいいの・・・みさきが私のかわりに見て描いてくれるから・・・ね、ほのか・・・。
だから、また・・・私の側にいてね・・・私歌うから聴いてて・・・ それだけでいいよ・・・
ほのかが側にいると思えば何でもできるから・・・ また、笑えるから・・・」
「描くよ・・・わたし、ほのかさんのこと描く・・・」

私の涙に誘われたかのように、みさきも涙をこぼしていた。
みさき・・・ほのか・・・。

「ありがとう・・・みさき・・・ほのか・・・」
「夏奈、この絵あげる・・・持ってっていいよ」
「ありがと・・・」

みさきはとても純粋な心を持っている。
だから彼女は天使が見えるんだね・・・。


そして、私はほのかの天使の絵をもらった。
家に持ち帰って、部屋に飾った。
まるで、ほのかが見つめていてくれる・・・側にいてくれる・・・。
すうっと心が楽になった。
ほのかがいなくなってしまってから、一番、気持ちが楽になった。

ここに来てはじめて、よく眠れた夜だった。