泣き続ける私に、みさきはそっと寄り添ってくれていた。
その優しさが嬉しかった。
何をするでもなく、何を聞くでもなく、ただただ側にいてくれた。
それが私への一番の優しさだった。

みさきの心はものすごく純粋だってことが、この瞬間にわかった。
私とは真逆の 心を持っている。
純粋だからこそ、今、私が泣いていてもこうして寄り添ってくれているんだ。
何も言わないで、ただ、いるだけ。
みさきは私が泣いている理由を一度も聞いてこない。
それは、私が話したがって いないのを悟っているからかもしれない。
ちらっとみさきを見ると、みさきは宙を見つめていた。
そこに誰かがいるかのよ うな、強い眼差しで・・・。

彼女になら話せるかもしれない・・・。

そう思った。
まだ出会って一ヶ月ちょっとだけど、一番多く触れ合ったから・・・。

「みさき・・・」
「んん?」
「私の話・・・聞いてくれる・・・?」
「・・・うん・・・。夏奈が話してくれるなら・・・」

そう切り出して、私はタイミングをはかって口を開いた。
このことを話すのはとてもつらい。
話してしまうと、ほのかが本当に過去の人物 になってしまうのがこわい。
言葉にすると、それは全て過去形で綴られる。
それ がすごく・・・つらかった。
でも、みさきになら話しても大丈夫だと思った。

ふたりで音楽室の席に腰掛けた。ひんやり冷たい。

「私ね・・・ここに来る前に・・・一番大切な人を亡くしたの・・・。
一番大切で・・・大好きだったの」
「うん・・・」
「彼女がいなくなって・・・私・・・学校もずっと休んでて・・・外にも出たくなくて・・・
部屋に閉じこもってたの」
「・・・彼女の名前は?」
「・・・ほのか・・・川島ほのか・・・」
「ほのかさん・・・」
「ほのかね・・・すごく元気だったの・・・明るくて、可愛くて、
素敵な子・・・でも、急に発病した病気で・・・逝っちゃった・・・っ」

ぽろっと涙がこぼれ落れた。
ほのか・・・あんなに元気だったのに・・・病気で・・・あんなに急に逝っちゃうなんて・・・。
綺麗な顔をしていた。病気だなんてわかんないくらいに・・・。
ほのかの両親が言う には、小さいときに大きな病気をして、その影響かもしれない・・・と。

「そっか・・・」
「だから、断れる転勤の話をお父さんは受けて、こっちに引っ越してきたんだ 」
「うん」
「どうしても笑えなくて・・・本当の自分を隠して、無理矢理笑ってた・・・」
「・・・・・・」
「でも・・・みさきの前では何だか素直になれたの・・・自然になれた・・・」
「ん・・・」
「さっきの歌ね・・・ほのかが・・・ほのかが好きだって言ってくれたの・・・」
「ほのかさんってピアノ上手かったんだ?」
「うん・・・上手だった・・・」
「色白で・・・唇は紅くて・・・髪は肩くらい・・・の女の子だよね?」
「・・・そう・・・よ・・・どうして・・・?」

にこっと、哀しげにみさきが笑った。
どうして、ほのかと会ったことも・・・、
写真も見せたこともないみさきがほのかを知ってるの・・・?

「今度はわたしの話しも聞いてよ、夏奈」
「・・・うん・・・」
「驚かないでね・・・って言っても無理かもしれないけど・・・」

どうしてそんなに哀しそうな顔するの・・・?
いったい・・・何なの・・・?
みさきの言葉に涙もとまってしまった。
いつも明るく元気だったみさきが・・・どうしてこんなに哀しい顔をするの・・・?

「ちょっと来て」
「え」

すっとみさきが立ち上がった。

「こっち」

私の手をとって、みさきは音楽室をあとにした。
まだ慣れない広い校舎。
特に、特別教室は授業をとってないものは全くわからな い。
二階分階段を降りて、一階にたどり着いた。
どんどん、廊下を進んでいく。

「美術室・・・?」

みさきが開けた扉は美術室だった。
みさきは美術部・・・だって言ってたよね・・・。
呆然と立ち尽くす私をよそに、みさきはとんとんっとイーゼルに絵を並べていっ た。
水貼りされた水彩画。
薄い主線に薄いパステルカラー中心に描かれていた。
とても、綺麗・・・。
描かれているのは・・・ 天使・人魚・妖精・・・。

「どう?わたしが描いたの」
「すごく・・・綺麗・・・」

その中でも私の目を奪ったのは天使の絵だった。
白い肌、紅いくちびる、黒く肩くらいまでの髪、優しい瞳、
見覚えのある笑顔、 白い服に白く綺麗な翼・・・。
ほのか・・・。

私にはほのかにしか見えなかった。
天使のほのかが画面にいた。

「この子・・・がほのかさんじゃない?」
「ほのか・・・」

また、ぽろっと涙がこぼれた。