「ふふっ・・・えー?本当に?」
屋上の扉を開けると、みさきの楽しそうな声が聞こえてきた。
誰かと話してるの
かな・・・?
キィ・・・。
「あっ・・・夏奈、早かった、ね」
ちょっとバツが悪そうにみさきが言った。
「そう?」
「うん」
ピッとケータイの通話切断ボタンを押すフリをした。
待受画面のままだったから
、通話してなかったことくらいわかる。
みさきは誰と話していたんだろう・・・。
みさきのとなりにも、この屋上にも、みさき以外は誰もいなかった。
でも、あまり深くまで突っ掛かるのは嫌だから。
みさきが話してくれるまで待と
う。
そっとみさきのとなりに立つ。
みさきの空気は暖かくて、居心地がいい。
「ねぇ、夏奈はどうして引っ越してきたの?」
「え?・・・お父さんの転勤で・・・」
「それだけ?」
「え・・・・・・・・・」
じっとみさきが私の瞳を見つめた。
お父さんの転勤。それは嘘じゃない。
でも、お父さんが転勤を決意したのは、た
ぶん、私が原因だろう。
転勤の話しは断ることもできる話だった。
これまで何度か転勤の話があった
けど、お父さんは断ってきた。
どんなにいい話しでも。 でも、今回はその話を
受けた。 しかも、通常より早めのこの時期に。
そう、ほのかのことでふさぎ込んでいた私をどうにかするために・・・。
「・・・・・・・・・」
「ごめん、話したくなければいいよ。いつか教えてね」
「・・・・・・うん」
「・・・ね、夏奈は部活は何に入るの?」
「うん、どうしようかな・・・って」
「前の学校では何やってたの?わたしこれでも美術部なのよ」
「へぇ・・・前は合唱部に入ってたんだけど・・・歌もやってたんだよ。
もう・・・半年くら
い歌ってないけど・・・」
「合唱部か・・・うちにもあるけど・・・。わたし夏奈の歌聴いてみたかったなぁ」
「私も歌うの好きだったんだけど・・・」
水平線を見つめた。
ほのかがいなくなってから、歌ってない。
あんなに歌うのが好きだったのに・・・歌うのをやめてしまった。
「ね、行こう!」
「えっ、ちょっ、どこにっ」
ぐいっとみさきが私の腕を引っ張って、どんどん歩いて行く。
「決まってるじゃない!音楽室よっ」
「えっ、ちょっ・・・」
「今日は合唱部休みの日だしっ、わたしだってピアノくらい弾けるんだから!ね
っ」
みさきがぐいぐいと腕を引っ張って行って、音楽室まできてしまった。
誰もいない音楽室。しんとしている。
カタン。みさきがピアノのフタを開けた。
「この曲しか暗譜してないんだけど・・・知ってるかな」
「え・・・」
みさきが弾き始めた前奏は『Star vicino』だった。
ほのかが「夏奈の歌うこの歌が一番好き」って言ってくれた歌だ。
ぽろっと涙がこぼれた。
「ど、どうしたのっ」
みさきが伴奏を中断した。
「ご、ごめん、何でも…」
ないなんて言えない。 何でもない歌じゃない。
この歌は私とほのかが奏でた、大
好きな歌。
「夏奈・・・」
「・・・ごめん、この歌私、大好きなんだ・・・久しぶりに聴いたら・・・懐かしくて・・・」
きゅっと涙をぬぐった。
― 歌いたい ―
久しぶりに歌いたいと思った。
この歌を・・・ふたりのために歌いたいと・・・。
「ごめん、みさき・・・もう一度弾いてくれる?私・・・歌うから・・・」
「うん・・・」
みさきがもう一度ピアノに向かった。
すうっと息を吸って、呼吸を整えた。
ねぇ、ほのか・・・私歌うから・・・聴いてくれる・・・?
きっと泣いちゃうけど…いいでしょう…?
ピアノの音が聞こえてきた。
ほのかが・・・そこに座っている気がした。
ほのかがピアノを弾いている・・・。
― 歌 ―
歌いながら、涙がこぼれた。
ほのかが好きだと言ってくれた歌。 ほのかは私の声
を好きだと言ってくれた。
いつも、昼休みは音楽室でふたりで音を奏でた。 毎日
毎日・・・。
ほのか・・・。
「すごいっ・・・歌うまいのねっ!声もすごく綺麗だし・・・わたし感動しちゃった!」
「・・・っ・・・ありがと・・・」
「夏奈っ・・・?」
そのまま、泣き伏してしまった。
ほのかがそこにいる気がした。
ほのかがピアノの前にいる気がした。
あの頃と同じ…気持ちが流れてきていた。
ほのかといた、大好きな時間・・・。
「ごめんっ・・・」
「夏奈・・・」
みさきが駆け寄って来て、私の肩に手をおいた。
心配してくれるの・・・?
「・・・っ・・・ほのか・・・っ」
ほのか・・・ほのか・・・ほのか・・・。
あなたが・・・愛しい・・・。
ほのか・・・。
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