彼女が私の前から、世界から姿を消して半年余り。
ちょうど、父に転勤の話しがきて、両親は私をつれて土地を引っ越した。
見知らぬ土地。誰も私のことを知らない。
ほのかのことを知っている人もいない 。
なにもかもが新しい場所。


私はキリのいい時期ということで3学期から私立高校に編入した。
土地に馴染み すぎている公立高校には私はなじめなさそうだったし、
ほのかと通っていたのも 私立だったから。
名門とまではいかないけれど、そこそこお嬢様も通う女子校だった。
今度の学校は男女共学の私立。
なれないこともあるかもしれない。
けれど、私は ここから新しくならなくちゃいけないんだ。
以前までの『井上夏奈』は胸にしまって、新しい私を演じよう・・・。



編入して2週間。
クラスのみんなはすごく親切で、すぐに馴染めた。
今までの私は隠して、笑顔で明るくて元気な私を演じた。
空っぽな笑顔は私の心 を癒してはくれなかった。
私の心は汚れている。
みなをだまして、私をだまして、 閉じこもってしまったま まなんだ。
こんな私を見てほのかは喜んでくれるとは思っていないけど・・・。

放課後、来年度から部活は決めようと思って私はフラフラと 屋上にのぼった。
さぁっと冷たい風が私の髪をさらった。
乾いている。
風も空気も私の心も・・・。

屋上の手すりにもたれかかった。
私が住んでいた街はどっちかな・・・。
ほのかが眠っている街は・・・。

「あれ、めずらしい。人がいるなんて・・・」

ふいにした声にゆっくりと振り返った。
そこにいたのは女の子。
学年章の色からして同学年だということがわかった。
私より少し高い背、肩につかないくらいの短めの髪。
白い肌に紅いくちびる。
魅力的な女の子。

「あ、ごめんなさい。邪魔しちゃったかな?誰かと待ち合わせ?」
「・・・ううん、大丈夫よ」
「一緒していい?」
「うん」

女の子が私のとなりに立った。

「初めまして、よね。編入生?」
「うん・・・よくわかったね」
「わたし内部生だからだいたいの人は知ってるんだ。わたし3組の松本みさき。
平仮名でみさきって書くの。よろしくね」
「私は1組の井上夏奈。よろしく」
「夏奈って可愛い名前だねっ。ね、夏奈って呼んでいい?
わたしのこと、みさき って呼んでいいから」
「あ、うん・・・いいよ」
「よかった!わたしたちこれから友達ねっ」
「・・・うん」

女の子・・・みさきの笑顔は暖かかった。すごく、すごく・・・。
私はみさきに向けていた視線を水平線にうつした。
キラキラと太陽の光りを反射して輝いていた。
この街はすごく綺麗な街だ。
海が あって、樹があって、澄んだ空がある。
こんな綺麗な街にいると、私がなんだかすごく浮いて感じる。
私の心は汚れてい る・・・。

「・・・夏奈・・・」
「え?」

みさきが急に、ゆっくりと私の名前を呼んだ。

「何・・・?みさき」
「夏奈・・・ううん、何でも・・・ない」
「え?何でもないわけないんじゃ・・・」

みさきを見ると、みさきの視線は私を通り越した宙を見つめていた。
何かいるのかな・・・?
そう思ってみさきの視線先を追った。
何も・・・ない・・・。

「みさき・・・?」
「え、あ、ごめんね。ぼーっとしちゃって・・・」
「・・・・・・・」
「ほんとに何でもないの。気にしないでっ。ねぇっ、それより、いつもここにい るの?」
「そういうわけじゃないけど・・・」
「そっか・・・。わたし放課後はたいていここにいるから、また会おうよっ」
「うん、私もここ気に入っちゃった。また話し相手になってね、みさき」
「うん」

みさきはさっき何を言おうとしたんだろう・・・。
すごく気になる呼び方だったのに ・・・。
初めて会ったのに、みさきはすごく馴染みやすかった。
親しみを持てたし、話し たいと思えた。
また会いたいと思った。
何故だろう・・・。
誰かとこんなに話したい と自分から思ったのは、
ほのかがいなくなってから初めてだった。
みさきは不思議は感じ・・・私と逆のものを持ってるみたい・・・。


こうして、私とみさきは出会った。
みさきと話したくて、毎日放課後に屋上に通った。
みさきは不思議な女の子だっ た。
まだ、まだまだ心を開いて話せないけど、みさきになら少し心を開けそうだ った。