長い夏の昼が終わって、夜のとばりが降りてきた。
昼間とはうって変わって、すこし湿気を含んだ涼しい風。
紺色に染まる空気。チカチカと輝く星。
そういえば、(せい )は天体観測に来たんだよね?
そう思いながら、星のテントを訪ねてみた。

「こんばんは」
「お、雫ー」

星はテントの前で天体望遠鏡を覗いていた。

「どうしたんだよ?」
「ちょっと覗きに来ただけ。天体観測だって言ってたから・・・」
「そっか。あ、せっかくだから見てく?」
「いいの?」
「減るもんじゃないし。な」
「ありがと」

すっと星が自分のいた席を私に譲ってくれた。
そっと、おそるおそる望遠鏡をのぞき込む。

「わっ・・・すごーい、ちゃんと見えるー」
「あたりまえだろー」
「ね、ね、これ、何が見えてるの?大きいけど」
「バカ。こんなちっさい望遠鏡でそんだけ見えるのなんて 月くらいしかないだろー」
「お月様かぁ・・・こんなにおっきく見たの初めて」
「なかなか見る機会ないからな」
「すごいねー・・・」

ぱっと顔を上げて立ち上がる。

「あの月があんなに大きく見えるんだー」
「いいだろ?月って望遠鏡で見てもきれいに見えるし。 もちろん星も綺麗に見えるけどさ」
「うん。でも・・・」
「でも?」

すっと星も立ち上がった。

「私は肉眼で見る方が好きだなぁ」
「どうして?」
「だって、広ーい範囲が見えるし、ほら、 ここで見ると宝石箱をひっくりかえしたみたいに綺麗じゃない! きらきら光ってて、月もあって」
「・・・ふうん・・・」
「そう思わない?(せい )は望遠鏡で見る(ほし )が好き?」
「・・・いや、そのまま見るのもいいかもな。最近あんまり見てなかった」
「あんなレンズのちっさな枠で見るよりは、180度パノラマの世界の方が素敵だもん。私はそのまんまが好き」
「純粋だなー、雫は」
「どーも。あ、ごめんなさい、邪魔しちゃって・・・」
「いいよ、楽しいから。一人も良いけどやっぱり、ね」
「・・・ありがとう」
「くすっ」

星がくすりと小さく笑った。
私、変なこと言ったかな?

「ねぇ、どうして星を見るようになったの?」
「え?ああ・・・どうしてだろうな・・・たぶん、母さんのせい」
「お母様?」
「・・・俺の母さん、俺が3歳くらいの時に亡くなったんだ。まぁ、記憶もないくらい小さかったんだけどさ。 今は父さんが再婚したから義理の母がいるけど・・・。小さい頃よく言われたんだよ。『お母さんはお星様になったんだよ』 ってね。それで星を見始めた。でも、それでやりたいこと見つかったから母さんには感謝してるよ」
「・・・・・ごめんなさい・・・」
「いいって、謝らなくて。別に母さんのこと嫌いじゃないし。記憶もないくらいの話だからさ」
「・・・星のやりたいことって・・・?」
「天文学。いいよなー、観測所とかに勤めたいよなー。プラネタリウムもいいけどさ」
「そっかー・・・いいね、その夢」
「雫にはないの?」
「え?」
「好きなこととか、夢とか」

・・・夢・・・。考えたこと、あまりなかった。
私はとにかく自然と歌と水が好きなただのマーメイドだから・・・。

「ん・・・あんまりないかも。自然が好きだけど・・・それだけだもの」
「・・・そっか」

くしゃっと星が私の頭をなでた。

「いつか見つかるさ。一番好きなことがさ」
「・・・うん」

将来のことなんてまだわからない。
自分が何を好きかもわからない。でも、いつか見つかるよね。
星みたいに、何かを好きだって言えることはとても素敵なことだね。
私も・・・見つかると良いな・・・。
星と夜空を見上げながら、そんなことを静かに考えた。