カナカナカナカナ・・・・・・
ヒグラシの鳴いている声が響く夕方。ようやく全てのものが片づいた。
大掃除して、お洗濯して、買い出しに行って・・・etc.
でもでも、ようやくお楽しみの時間になる。
持ってきた水着に着替えて、サマードレスを軽く着る。
持ち物はバスタオル1枚と真珠のネックレス。これだけ。
別荘の目の前は湖で、この辺一帯の土地は水沢家の所有物だから、
もちろんこれもそう。
水辺にバスタオルを置いて、サマードレスを脱ぐ。
カチンっとパールのネックレスをして、
ぱしゃんっ
なめらかに水に飛び込んだ。
私は水が好き。私が一番自由になれる場所だから。
腰の下、あるのは2本の脚じゃなくて、薄い水色のしっぽ。
マーメイドの証。
水沢家は代々人魚の血が混ざっている家系なんだ。
知らない人がほとんどだけど、世の中15%の人間には人魚の血が流れてるんだって。
その中でもこうして人魚の姿になれるのは5%くらいで、あとは人間と全く変わらない姿。
水の中で呼吸が出来たりするっていう人もいるみたいだけどね。
私は、父様の家系(つまり水沢家)が人魚の血が濃くて、母様の方にもちょっと人魚の血が混ざってて
・・・こんな姿になってしまったというわけ。
このパールのネックレスがなければ、水にも入れない。強い血の持ち主なんだ。
人魚っていうのは、一種の魔法使いみたいなもので、人魚になるときには
人間の時身につけていた衣服は全て着ていないんだ。
人魚に戻るってことは変身するっていうことと同じだから。
だから、それを制御する役目がこのパールのネックレス。
しっぽと同じ色のパールを身につけることで制御するの。
これは特別な真珠でそのへんにある大手百貨店やデパートの宝石屋さんには売ってないんだから。
ちゃんと、人魚用のパールを売っているお店があるんだ。
これは特別な真珠だから。もし、人間に見つかってしまいそうなときは、
これがないと脚に戻せない。大切なもの。
ぱしゃんっ。
水面に顔を出す。思わず口ずさむメロディー。
何も束縛のない水。私をいやしてくれる場所。なんて素敵なの・・・。
「人魚・・・?」
ぽそっと聞こえた声に驚いて、ぱっとしっぽを脚に戻した。
誰・・・?ここは私有地なのに・・・。
声がした方向を見ると、岸に男の人がひとり立っていた。
・・・・・・不法侵入・・・とも取れるけど・・・迷子さんかなぁ?
しかも”人魚”って言った・・・。人魚姿・・・見られちゃったかなぁ・・・?
「・・・なわけねーよな。おーい、キミーッ」
大きな声でその人は私に呼びかけた。
やだー・・・ドキドキしちゃう。どうしよう、バレてた?
人間にばれたら泡になっちゃうなんてことはないけど・・・どうしようっ。
おっかなびっくり、ゆっくりと泳いで岸まで行く。
そおっと水から顔を上げた。
「・・・何か・・・」
ぱちっと目があった。
・・・綺麗な瞳・・・。
「キレーに泳ぐんだね。人魚かと思った!」
“人魚”その一言にドクンッと心臓が飛び上がる。
バ、バレて・・・ない・・・よね・・・?
「キミ、あの家の人?」
私がさっきキレイに掃除したばかりの別荘を指さして彼が言った。
「え、あ、うん」
「ここも?」
「・・・うちの土地ですけど・・・」
「あちゃー・・・じゃ、ダメかなぁ?」
はあっと彼がため息をついた。いったい何なの?
「あのー・・・何か?」
「いやぁ、ね。ここでキャンプしようと思ってたんだけど・・・ダメ?」
「キャンプ?」
「俺、星が見たくてさぁ。この間ココに探検のつもりで来てみたら
すっごい良く星が見れてさ、で・・・」
「別に良いよ。私しかいないし。好きに使って」
「マジで!?やったっ!!」
ここは・・・私一人で使うには広すぎるから・・・。
一人お客様を招いても十分すぎるほど広い。
スッと目の前に手が差し出される。
「上がりなよ」
「う、うん・・・」
水・・・好きなのに・・・でも人間はそんなに長く水の中にいたら疲れちゃうもんね。
今は人間の姿なんだから、あがっとこう。
彼の手をとって陸に上がった。
「ありがと」
「いいえ。それより、俺、相田 星 。高3。よろしくな」
「・・・水沢雫よ。高校1年生。よろしく」
きゅっと握手を交わす。
大きくてあたたかい手。なんだか父様みたい・・・。
「あ、この間勝手に入っちゃってゴメンな」
「え?何が?」
「だってココ、私有地だろ?不法侵入じゃん」
「いいよ、別に。警備つけてるわけじゃないし、
相田君は悪気があって入ったわけじゃないんでしょ」
「まぁ・・・そうだけどな」
「じゃ、いいよ。迷子の人をとがめたりなんてしないよ」
「サンキュ。あーっとさ・・・”相田君”はやめない?キモチワルイ・・・。星でいい」
「せ、星・・・」
「ってことで俺も雫って呼ばせてもらおーっと」
「えっ・・・ま、いいけど」
「じゃ、数日お世話になります」
「くすっ。こちらこそ」
愛嬌があって、可愛らしい顔立ち。おちゃめな言い回し。
あったかくて大きな手は父様に似てたけど、中身は正反対ね。
見ず知らずのお客様。 星 が好きなお客様。
ちょっと楽しくなりそうね。
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