fish.1 水沢雫
『 森の中の 人魚 』
―― 海が恋しい・・・ ――
そう思ってしまうのは本能なの。
マーメイドとしての本能。
キラキラ。
海が、光を反射して光っている。宝石箱のように。
ここは、海が見える小高い街。いつも、自分の部屋の窓から海を見て気をまぎらわせている。
―― 海が恋しくなったら、森へお行きなさい ――
これが、おばあ様が私が小さいときから言ってきた言葉。
まるで口癖のように、私に会う度に言っていた。
そうね・・・森に行こう・・・。
**************************************
タタン・・・タタン・・・。
小さな電車に揺られて約1時間半。
私のいる街とは違って、樹や土、川などの自然にあふれていた。
蝉の鳴き声がよく似合う町。
大きな荷物を転がしながら、森の中へと入っていく。
舗装されていない、土の道路。
人がふたり並んで歩いたらいっぱいになってしまいそうな道。
じゃりじゃりと、靴が砂を踏みしめる。
この辺りだと思うんだけど・・・。
手にした地図を片手にきょろきょろと辺りを見渡した。
一本、道じゃないような道を進んでいく。
ボロボロの木で出来た表札が立ててある。ここに間違いはない。
ガサッ。
道を抜けると、そこは水沢家所有の土地。つまり別荘。
町からは徒歩30分以上。周りには森以外なにもない。
住民もなかなか来ない場所。
ある程度大きな湖があって、まあまあ大きな家が建っている。
私も来たのは初めてだった。
ギィ・・・。
鍵を開けて中にはいる。
「わっ・・・キタナーイ・・・」
さすがに何年も我が家の人が来ていないだけのことはある。
たまーに、お手伝いさんをよこして掃除はしてたみたいなことを聞いたけど・・・
さすがにすぐ使える状態じゃないわね。
パチン。
「電気はつく」
きゅっ。
「水も出るわね」
ボッ。
「ガスもOK・・・」
人がすぐにでも住める設備は整っている。けど・・・。
ガラガラッ。
窓を開け放つ。
「まずは掃除から・・・ね」
一応の掃除用具はそろってるし、使っていない雑巾もちゃんとあった。
家中の窓を開け放して、完全防備して、ちゃっちゃと掃除を開始する。
今日中に終わらせないと、とても明日まで過ごせそうにないものね。
ベッドカバーや布団は全部干してはたいて、水はある程度出して、
冷蔵庫と洗濯機の電気も入れて、
エアコンも掃除する。お風呂や洗面台、キッチンに床・・・。
まさに年末の大掃除並。
普段は、いちおー、「お嬢様」ってやつだからメイドさんたちがやってくれてるけど、
たしなみとして自分の部屋の掃除は自分でするのが我が家のルール。
こんなところで役に立つとは思わなかったけどね・・・。
メイドさんたちをつけようか?って言われたけど、断ったのは私。
車で送ろうか?って言ってくれたけど、わざわざ電車を選んだのは私。
ここには私一人でいたかったから。
さぁ、頑張りましょ!
|