晴樹がこの場所からいなくなって一週間強が経った。
2週間経つまであと何日って、無意識に数えてる自分がなんだかくやしい。
アイツのことなんて好きになるつもりなかったのに・・・。

『真珠っ。今日は久しぶりにみんなで競争しようよ』
『もちろん、一番下まで、だよ』
「いいよー。負けないんだから」

みんなで水面まで行く。
一番下っていうのは、この水槽の底のこと。この水槽は うちの水族館でも一番大きくて深い。地下一階から地上2階までが筒抜けになってるんだ。

『いっくよー』

アルテミスがいつも号令係。

『せーのっ。ドンッ』

アルテミスの号令と共に、みんなで垂直に一気に潜る。
さすがに海にいるイルカと競ったら人魚なんて負けちゃうけど、ここは水槽の中だから互角。

『やった!一番よ!』
くるっと水槽の底にたどりついたマリアがターンして言った。

「あー、あたし3番かぁ・・・。ま、真ん中だからいっか」
『真珠はちょこまかしてるからなー。こっちの身にもなってくれよー』

同時4番手のアルテミスがぶーぶー言った。2位はルナ。

「仕方ないじゃない。人魚だもん」

くるっとみんながあたしを取り囲んだ。

『真珠といると飽きないね』
『ああ、確かにな。真珠じたい面白いし』
「なによーっ」

急にみんなの視線があたしを通り越した。

「な、何?」
『真珠・・・どうしよう・・・』
「え?」

そろっと後ろを振り返る。

「っ」

ガラスの向こう側に目が釘付けになった。
どうして・・・ここにいるの・・・?

「は・・・るき・・・」

なんで?研修は?まだ2週間経ってないわよ?どうしてここにいるの?
今・・・何が起こってるの・・・?

「みんなっ上行くよっ」

そう、勢い良く声をかけて、ざざっと上昇した。
バシャアッ。
水から上がって、急いでバスタオルをひっかけて、業務用の裏口から 逃げるようにして走って、裏にある自宅に駆け込んだ。

「はっ・・・はあっ・・・」

一体・・・さっき・・・何が起こったの・・・?
晴樹がいて・・・あたしは人魚で・・・見られた・・・。

「あら、真珠?どうしたの?びしょぬれのまま・・・」
「お姉ちゃん・・・」

つうっと一滴、水が伝う。

「ちょ、真珠?泣かないで。とにかくお風呂入ってきなさい」
「・・・うん」

お姉ちゃんに促されて、洗面所に向かった。
ぽたぽた、髪から水が滴り落ちる。
あたし・・・・・・。


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「真珠。落ち着いた?」

洗面所から出てきたあたしに、お姉ちゃんが声をかけた。

「・・・多少は・・・」
「お茶入れたの。一緒に飲みましょ」
「うん」

お姉ちゃんを先頭に、リビングに入っていく。

「あれ、大紀さん来てたんだ」
「こんばんは、真珠ちゃん。お邪魔してます」

軽く笑みを作って大紀さんが言った。
大紀さんっていうのはお姉ちゃんの彼氏。まぁ、婚約者ってヤツ。

「大紀、ごめん、ちょっと席外してもらえる?私の部屋行ってて」
「・・・OK。さんごの部屋って2階だよな」
「もう、そのくらいわかるでしょ?はいはい、行って行って」

お姉ちゃんがぐいぐいと大紀さんの背中を押して行った。
さんごっていうのはお姉ちゃんの名前。水城さんご。綺麗な名前だよね。
姉妹でさんごと真珠だって、小学校とかでは有名になったりもしたんだ。
ぽすんっとソファに腰掛ける。

「はい、真珠。特製アールグレイのミルクティー」

お姉ちゃんがカップを差し出した。そっと受け取る。
あたたかな紅茶とミルクと砂糖の甘みが身体に染みわたった。
薄暗いリビングルーム。青い光。
熱帯魚の泳ぐ大きな水槽。きらきら、光が水に反射する。

「・・・で?どうしたの?水着のまま帰ってくるし、びしょぬれだし、息は切らしてるし。 イルカたちと喧嘩でもした?」
「・・・ううん・・・そんなコトじゃない・・・」
「わたしには話せない?」
「・・・聞いてくれるの?」
「もちろん。大事な妹だもの」
「・・・いつもと同じようにみんなと遊んでたの」
「イルカのプールね」
「うん。・・・今日は一番下まで競争しようってことになって・・・」
「・・・・・・」
「見られちゃった・・・あたしの姿・・・バレちゃった・・・」

ぎゅうっとクッションを抱える。
晴樹に・・・好きな人に・・・ばれちゃった・・・。

「誰に?係員の人?」
「・・・・・・」

ふるふると、顔を横に振る。
つうっとまた涙が伝う。

「・・・好きになった人・・・」
「・・・どうしてこんな時間に?」
「バイトの人だもん・・・でも、研修に行くからって・・・言ってたのにっ・・・何でいるのぉ・・・」
「そう・・・好きな人に・・・か・・・」
「人外なんて友達としてもつきあってくれないよね・・・人魚なんて普通信じられないよね・・・ あたし・・・もう・・・どうしたらいい・・・?」
「真珠・・・。逃げてばかりじゃいられない時が来るよ、きっと。 私はこの家で育ったし、血筋のことも全部知ってる。けど、私は人魚じゃない。 だから、真珠の気持ちを本当に理解することはできないわ。 でもね、真珠。隠し事はいつかばれてしまう時がくるのよ・・・それが大事な人であればあるほどにね・・・」
「お姉ちゃん・・・」
「だから、選べばいいわ。真珠がどうしたいのか。その人にあって話してみるもよし。そこで 本当のことを伝えるか伝えないか。 このまま避け続けるのもひとつの手よ。よく考えて。真珠がどうしたいのか。 後悔しないように生きなさい」

ぎゅっとお姉ちゃんがあたしのことを抱きしめた。
いつもそう。お姉ちゃんの手は大きくて優しくて暖かい。 6つも離れてるけど、お姉ちゃんはいつも平等に接してくれるんだ。

「大丈夫。答えは必ずひとつよ。真珠の答えは真珠にしかわからないわ。 急がなくて良いよ。真珠が納得いくまで考えて。そして行動すればそれでいいの。 ね、だから泣かないで。過去はどんなに頑張っても変えられないわ・・・」
「うん・・・ありがと・・・」

あたしは晴樹が好きだ。
けれど、重大な秘密を見られてしまった。
どうすればいい?
どうしたらいい?
あたしは何をすればいいの・・・?
真実を告げたからといって、泡になるわけじゃないけれど・・・。
けれど、人外だって軽蔑されそうでコワイ。
それなら「好きじゃない」って言われる方が100倍マシ。
ねえ・・・この世の中に生きる人魚の血筋を持つ人たちはどうしてるの?
どうやってこの危機を乗り越えて結ばれてるの?
あたしがあたしじゃなくなることは決してない。
人間の姿をしていようが、人魚の姿をしていようが、あたしはあたし。
このままの「水城真珠」という存在を・・・晴樹は受け入れてくれますか・・・?