それから一週間。晴樹を避けるかのように水族館に足を運ばなかった。
嫌な考えばかりが頭をぐるぐるとかけめぐる。
ねえ、お姉ちゃん・・・そんなに簡単な問題じゃないよ・・・。

でも、さすがに飛び出してきたままだから、イルカたちに心配をかけてると思う。
時刻は午後7時半。
閉館時刻はとっくに回ってるし・・・みんなに顔だけ見せてこよう・・・。
そう思って、家にカバンを置くと、制服のままプールに向かった。

『真珠ーーーーーっ』
『あ!真珠!』
『やっと来たー』
『一週間も来ないなんてハクジョーじゃねーかー』

バシャバシャと水を鳴らしながら、みんながあたしを出迎えてくれた。

「マリア、ルナ、アリア、アルテミス・・・ごめんね」
『真珠が来なくなっちゃったから心配したのよ』
『おかげでアリアなんてボール、ママさんに激突させちゃったもんなー』
『もう、ルナ!黙っててよ』
『ハルキも心配そうだったよ?』
『・・・ああ』
「・・・・・・そう・・・。ごめんね、心配かけちゃって。今日も水着とパール持ってないから遊べないんだ」
『真珠っ、真珠っ』

みんながヒレでパシャパシャと水面を打って、あたしの名前を連呼した。

「え?」

「やあっと来た」

びくっと身体が波打つ。
晴樹っ・・・・・・。

「・・・みんな、もどって」

みんなに声をかけて、沖に戻るように指示する。
みんなも何か察しているのか、すいっとおとなしく文句も言わずに潜った。

軽く深呼吸して、すっと立ち上がって、晴樹の方を向いた。

「真珠・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

晴樹がとんっとあたしの前に立った。

「オレ、真珠に言わなきゃいけないことあるんだ」
「・・・・・・」
「オレ・・・」

“人魚の姿を見た”とでも言うんでしょう?覚悟は・・・してたけど・・・。
あんなとこ見て、黙っていられる人間の方がおかしいもん・・・。
ああ、出来ることならばここから逃げ出したい・・・。

「オレ・・・真珠のこと好きだよ」

さらっと、いつものように笑顔で言い放った。

「え?なに?」

思わず聞き返す。

「だーかーらー!真珠のこと好きだっつってんの!」

耳を疑いたくなるような言葉。
嬉しいにきまってる。
でも、その反面、大事なところをすっとばされた気がした。
一番、触れなくちゃいけない部分を・・・。

「・・・見たでしょう?・・・あたしのホントの姿・・・」
「え?」

「あたしの本当の姿、見たでしょう!!」

イライラする。ムカムカする。
こんなに人魚姿の自分をいやだって思ったことはない。
素直に喜んで隠しちゃえばいいのに。それも出来ない自分にイライラする。

「真・・・」
「来ないでよッ」

バッシャーーンッ。
プールに飛び込んだ。もう、逃げ道はない。
ピンクパールをつけていないから、制服のスカートの下、人魚の証であるしっぽがひらっとのぞいた。
すいっと沖に遠ざかる。

「あたしのこの姿見たでしょう!?あたし人魚だよ!?人間じゃないの!」
「知ってて言ってる」
「じゃあ、どうして!どうして何も聞かないの!?どうして何も言わないの!? あたしっ・・・」

もう、自分が何を言いたいのかもよくわからない。
ねえ、晴樹。どうしてそう冷静でいられるのよっ・・・。

バシャンッ。
軽い水音がして、晴樹がプールに飛び込んだ。バシャバシャ泳いでくる。

「・・・バカ・・・濡れちゃうじゃん・・・」
「別にいい」
「何・・・よ・・・」
意味ありげな瞳と笑み。何が言いたいの?

「オレの秘密、教えてあげるよ」

ニッといつものように笑うとそう言った。
秘密・・・?

「目閉じて。3秒したら目開けて」
「え?え?」
「いいから」

仕方ナシに目を閉じる。

「1,2,3っ」

パッと目を開けた。
そこに映った姿は信じられないものだった。

「うそ・・・人魚・・・?晴樹もなの・・・?」

目の前にいたのは、人魚姿の晴樹だった。
グリーンパールを3粒首にペンダントのように付けている。
エメラルドグリーンの綺麗なしっぽがあたしの目を釘付けにした。

「そう。だから、真珠が人魚でも驚かない。むしろ嬉しいくらいだった」
「・・・・・・」
「だから、返事、聞かせてよ。オレは真珠が好きだ」
「・・・あたし・・・も・・・晴樹のこと好き・・・だよ・・・」

安心の笑みがこぼれる。なんだ・・・そうだったんだ・・・。
あたしが晴樹に惹かれたのも、運命なのかも知れないね・・・。

「ありがとう」

そう軽く言って、晴樹があたしのことを抱き寄せて、額にキスをした。

『真珠〜〜!おめでとっ』
『まっさかハルキまで人魚だなんてな〜』
『やったな、真珠』
『おめでとう〜〜』

イルカたちが、あたしたちのことを見ていたのか、すいっと寄ってきた。

「アリア、マリア、ルナ、アルテミス!ありがとうっ。心配かけてごめんね」

すいっと晴樹から離れて泳ぐ。

『仲間が増えてよかったな』
「うん。うれしい」
『ハルキも一緒に遊んでくれるかな?』
「きっとね」

くるくるとみんながあたしたちの周りを泳ぐ。

「真珠・・・もしかして話せるの・・・?」

晴樹が不思議そうな声で言った。

「うん。あたし海の生き物と会話が出来るの」
「へぇ・・・。紹介してよ」
「もちろん!えっと――――・・・」


嬉しい。すごく嬉しい。
好きって言ってもらえたことも、人魚だったことも、すごく嬉しい。
なんだかとても素敵なことが起こった気がする。
お姉ちゃん、考えてた期間もムダじゃなかったね・・・。ありがとう。


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それから、あたしたちが会う時間といえばもっぱら夜。
イルカのプールでのデート。
人間としての姿で会うときも、デートするときもあるけど、やっぱり本来の姿が一番落ち着くんだ。

「真珠、今度は海に行こう!魚のいる綺麗な海!で、通訳してよ。魚の気持ち、知りたいんだ。 オレは話せないからさ」

晴樹がきらきらした目でそう言った。
海洋学を学んでいるだけのことはあるんだね・・・。
あたしも、プールだけじゃない、水槽だけじゃない、ちゃんとした海を知りたい・・・。


同じ人魚だってだけで安心する。まるで仲間ができたみたいに。
地上で生活する人魚はまだまだいるんだってわかった。ひとりじゃないって。
好きな人が、好きになった人が、同じ人魚だった。
それだけで奇跡だよ。
もっともっと、あなたを好きになった気がする。

ねえ、今日も夜にいつものプールで待ってるわ。
でもね、たまには2人きりになりたいから、海に連れていってね・・・。




** Fin **