それから数日。
あたしは他のプールに話をしに行ったりもできるし、自由な時間が手に入った。
でも、やっぱりイルカのプールに入り浸ってる。
広いし遊んでくれるイルカたちといると、楽しいから。

晴樹も現れなくなって数日。
久しぶりにしっぽで、本当の姿で泳ぎ回れる時間ができた。
水の中は本当に自由で、なにもあたしを邪魔するものはないんだ。
あたしの周りをみんながくるくると取り囲む。イルカたちはこうしてじゃれて遊ぶのが好きなんだ。
でもイルカは哺乳類。呼吸をしに水面まで上がらなきゃいけないからなかなか深いところばかりで遊んでもいられないのが欠点かな。

『今日はシャチごっこしようぜー』
『あ、いいね。最近できなかったもんね』
『決定決定〜』
「じゃあ、誰がシャチ?」
『言い出しっぺのアルテミスね。異議あり?』
『・・・異議なし。じゃ、俺からいくぞー』
「はーいっ」

すいっとアルテミスが水面に向かった。
“シャチごっこ”っていうのは人間でいう“鬼ごっこ”なんだ。
シャチっていうのは可愛い顔して海のハンターって呼ばれるくらいの恐い生き物。
イルカを食べてしまうこともあるから、イルカたちは彼らを恐れてる。
だから“シャチごっこ”なんだ。シャチ=鬼なの。生きるためのコトとはいえやっぱり恐いものは恐いものね。
ルールは簡単。水面でシャチは10秒数えて、みんなを追っかけ回すの。 全員タッチされれば終了。もちろん、始めにタッチされたのが次のシャチね。
ここの子たちはこの遊びが大好きなんだ。普段あまり運動できないからかな?


******


「疲れたーーっ」
『久しぶりにこんなに動いたー』
『真珠は相変わらずすばしっこいし大変だもんなー』
「みんなより細いですから」
『呼吸だって水中でできちゃうんだもんなー。ずるいよなー』
「仕方ない仕方ない」
『真珠がシャチやるのって滅多にないもんね』
『真珠がシャチやるとすぐ次になっちゃうんだもん。真珠ったら速く泳ぐからさ』
「あら、手加減してるのよー?呼吸しに行った子は追っかけないでしょ?」
『そうだけどさぁ・・・』

すいっと上昇しながら会話をする。
人魚ですもの。イルカよりずっと身体も小さいし小回りもきくからどうしても有利なのよね。
でもそれを口でブーブー言いながらも楽しんでるの、知ってるんだけどね。

ぱしゃんっ。
水面に顔を出す。ひんやりとした夜風が顔を撫でた。
プールサイドを見つめる。

「・・・・・・」

晴樹がいないと静かだ・・・。

「真珠ーっ」

って今にも現れそうなのにね・・・。
何かさみしいな・・・。

『真珠?』

アリアがあたしにすりよってくる。

「アリア」
『・・・ハルキのコト好きなんじゃないの?』
「・・・・・・どうしてそう思うの?」
『だって・・・見てればわかるわ』
「・・・・・・」

ぶくぶくぶく。
顔を半分沈める。

『ほうら、やっぱりー』

マリアがすいっと泳いできた。

「マリア・・・」
『スナオじゃないんだからぁ。ねー、アリア』
『そうよ。ま、その様子だと自覚してるみたいだからいいけどね〜』
「もう・・・からかってー・・・」
『あら、からかってるんじゃないのよ。乙女のカン』
『ねー』

アリアとマリアが顔を見合わせて頷いた。


みんなと別れて、自宅の部屋に戻ってからベッドにぽすんっと横になった。
アリアとマリアの言葉が頭を旋回する。
・・・あたしが晴樹のことを好き・・・?
嫌い・・・じゃない。
けど、好きかって聞かれるとわかんなくなる。
はじめはウザイって思ってたけど・・・いつの間にかあそこにいるのが“あたりまえ”になってた。
イルカたちとじゃれたり、スケッチブックにスケッチしてたり・・・。
ふざけてるようで真剣な目をしていた晴樹。
・・・好きなのかもね・・・。
だって、あれだけ自然なあたしを知っているのは人間では晴樹だけ。
自然なあたしを見せてもいいって思えるのは晴樹だけ。
ママとパパにでさえ、あんな風にはできない・・・。
きっと、好きなんだ・・・。

でも、人魚と人間が結ばれるのはごくまれな話し。
本当のことをいつかうち明けなければならないっていう試練があるから。
そこを乗り越えられるカップルは少ないんだって。
だから、人魚の家系は人魚の家系と繋がっていて、お見合い結婚だったり、その間でつきあったりするらしいんだ。
お姉ちゃんは人魚にならないからフツーの人間とつきあってるけど・・・ね。
あたしたちは人外の存在。それは自分自身が一番・・・よく知ってる・・・。
だから、あたしはこの気持ちを・・・うち明けるのはやめておこう・・・。
拒否されるのは嫌だもの・・・せめてこのままでいたいから・・・。