それから、あたしがプールに行くときにはほぼヤツが現れた。
一体どうやってこの閉館した水族館に入ってきているのかはわからないけど・・・。
プールサイドにいて、見てるだけなの!
あたしと、みんなが泳いでるのを見てるだけ!もう、息継ぎのフリが大変なのに!
何より、視線がイタイのよぅ・・・自由って言葉が半減した気分。
はじめのうちは無愛想に、彼がそこにいないように振る舞ってみたけど、 それさえ面倒になってきちゃって、最近では少し話をするようになった。

『どーしたんだ?真珠』
『らしくねーなぁ』

アルテミスとルナがすいっと近寄ってきた。
水の中なら、会話してても外には聞こえないから安心。

「そう?大丈夫・・・なーんだけどねぇ・・・」
『?』

マリアとアリアも加わって、4頭が首を傾げた。
彼はいつもニコニコしてあたしたちを見てるだけ。

「仲良いね。イルカ同士みたい」
「イルカがキミを好きなんだな」
「な、呼ぶのに困るから真珠って呼んでいー?オレのことも晴樹って呼んでいーからさっ」

そんなふうに、ささいな言葉を交わすだけ。

確かに、うざったく感じたりもしたけど・・・何故か憎めない人なんだよね・・・。
カッコイイってわけじゃない、特にやさしーってわけでもない、いたってフツーの人間。
晴樹はその辺にいる男と何も変わらないハズなのに・・・何かが違う気がするんだ・・・。

晴樹のことも少しわかった。
晴樹は大学で海洋学を専門にしてるんだって。つまり、海が好きな人。
イルカのことに特に興味があるみたいで、ひたすらあたしたちを見てるだけってわけ。
海が好きな人。イルカのことが好きな人。
たったそれだけだけど、人魚のあたしには嬉しかった・・・。


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「真珠ーっ」

ぱしゃんっ。水しぶきがはねる。
いつものようにみんなと遊んでいたら、ふいに声をかけられた。

「晴樹・・・」

仕方がないからプールサイドまで泳いでいった。
あたしの後ろをイルカたちもゆっくりとついてくる。

「やあ」

晴樹が右手をパッとあげて、さわやかな笑顔で挨拶した。

「・・・・・・何?」
「いや、今日も来ただけ。相変わらずキレーに泳ぐねぇ」
「ありがと」
『真珠ぅー』

アリアとマリアが顔を出す。ルナとアルテミスは飽きたのか沖に戻ってた。

『あ、ハルキだぁ、ヤッホー』

アリアがおどけてパシャパシャとヒレで水面を叩いた。

『ねえ、ハルキって真珠のことスキ!?スキ!?』

しっぽをぱしゃんっとひとはねさせて、マリアがうきうきした声で言う。

「なっっっ・・・・」

マリアに文句を言いそうになって、ぐっと我慢した。
ここで話したらイルカと話せるってバレちゃう。がまんがまん。

「よしよし♪」

晴樹がそっとマリアとアリアの頭をなでる。

『もーう、ハルキってば答えてくんない〜』
『つまんないのぉ〜』

キュッキュッと声をあげるマリアとアリア。楽しんでるわね・・・?

「ここのイルカ達はほんと、いいやつだなぁ」

そういって笑顔で晴樹は2頭の頭をなでた。

「・・・イー顔・・・」

無意識につぶやいてしまった。ハッとして口をつぐむ。
「え?」

晴樹がイルカたちから目線をあたしにずらした。

「あ、い、あの、その・・・」

どどど、どうしよう、言い訳なんて思いつかないよっ・・・。
晴樹の視線がなんだか恥ずかしくて、ふいっと視線をずらしてうつむいた。
何にもつっこまなくていいよぅ・・・。
きっと、あたし、顔真っ赤・・・。

「くすっ」

晴樹が小さく笑って、ぐしぐしとあたしの頭を撫でた。
もう・・・子供扱いしてぇ・・・。

「オレ、これから二週間研修に行くから来ないよ。気にしねーでコイツらと遊びな」
「・・・頑張ってね」
「おう」

また、晴樹が頭を撫でた。

晴樹がいつもより早い時間に退場した。
すうっとパールのチカラを解いて人魚の姿に戻る。
研修か・・・。海のキレーなところまで行くんだろうなぁ・・・。
二週間、晴樹が来ない生活が始まる。
人魚になっても、他の水槽の子たちのところにいっても、もう安心。
自由に泳ぎ回れる。
すごく嬉しいし、気が楽・・・なんだけど・・・なんだか変な気持ち。
いるのがフツーになっていたこの頃だから、いなくなるっていうほうが変な感じ。

『真珠、ハルキ研修だってね!』
『じゃあ、毎日でも人魚の真珠と遊べるね!』

話を聞いていたアリアとマリアが一緒に泳ぎながら言った。

「んもう!さっき変なこと晴樹に聞いたでしょ!」
『えー、いいじゃない〜。乙女として気になるのよvv』
『そうそう。だって、ハルキっていっつも真珠のこと構うしね』
「それはあなたたちと言葉が通じないからでしょ!」
『言葉が通じなくても、真珠のママさんはおれたちといてくれるぜ?』
『そうだよな』

ルナとアルテミスも話の話に参加した。

「もーう、何が言いたいのよ!」
『・・・このニブチンが・・・』
『イルカの言葉くらい理解してよ〜。人間みたいに複雑な言葉使ってないでしょ?』
『ま、真珠はこのボケ加減がいーんだけどな〜』
『やっぱりママさんの娘だしね』
「んもう!いいもん。ボケでも。二週間来ないよー?」
『え、それはダメ。つまんないもの!』
『ごめんごめん、謝るからさっ』
「どーしよっかなぁ・・・。ま、いっか。あたしも遊びたいしね」

おちゃめなイルカたち。
あたしの一番の海の友達。彼らは“海に戻りたい”とは言わない。
ここの水族館にいる子たちはみんな、ここが好きだって言ってくれる。
ここはあたしにとっても、大事な場所。
ねぇ、人魚が地上で暮らすのは反則ですか?
人魚もここに入らなきゃいけない時がくるのかな?
こんな狭いところに入れちゃってごめんねって、ときどき思う。
けど、それを伝えても彼らは“ここで満足してる”“いつも住みやすい環境をありがとう”って言ってくれる。 彼らはとても優しいんだ。芸をしてくれるアシカや、オットセイも“楽しい”って言ってくれる。 マナティもマンボウもウミガメもイワトビペンギンもコウテイペンギンも熱帯魚たちも、みんなみんな・・・。
ここは海の住人のみんなが文句も言わずに楽しく過ごしている水族館。
だから、あたしがここで一緒に泳いでもいいよね・・・。

『真珠ーっ。今日は久しぶりにアレやろうよっ』
「はーい!」

すいっとみんなの元へ向かった。