夜――。

ルンルン気分で、スキップしそうな足取りでイルカのプールに向かった。
水着を着て、バスタオルを持って、サマードレスを脱ぎ捨てる。
胸元にはほのかに桃色に輝くパールのネックレス。

「みんなー、おまたせーっ」
『真珠ーっ』
『よう、待ってたぜー』
『いらっしゃい』

とんっと荷物をプールサイドに置く。

「いっくよー」

ばしゃんっ。
すうっと水に身体を投げ込んだ。
脚がしっぽに変わって、人魚へと、元の姿へと戻る。
薄い桃色のしっぽがひらひらする。

『真珠〜vv』
『その姿で会うのは久しぶりね』
『やっと仲間って感じだな』
「えへへ、ありがと」

みんながスリスリとあたしの身体にすりついた。
すいっとくぐり抜けて、くるっとターンする。
水の中はなんて自由なんだろう。脚が地面についているときみたいな重さがない。
重力も何も感じない水の中は、本当に自由。

『真珠は本当に泳ぎが上手いよね』
「人魚なんだから、このくらいトーゼンでしょ?」
『でも普段人間相手だからさぁー』
『うんうん。人間なんて水面とかでバシャバシャしてるだけじゃんか』
「あら、人間だって大変なのよ?水の中で息はできないし、ヒレだってしっぽだってないんだから! とおっても泳ぎにくいのよ?もともと陸の生き物なんだもの、あたしたちとは違うんだから」
『それもそうなんだけどぉー』
『なんかじれったいのよね』
「陸の生き物が水の中で遊んでくれるだけ有り難いでしょ。水の生き物は陸に出られないんだし」
『・・・確かにそうね。わたしたちは陸じゃ生きていけないもの』
『ま、人間も水の中じゃ生きていけないけどな』
『でも、ここにいる人間はみんな優しくてうれしいわ』
「ふふ、ありがとう」

くるくるとじゃれあいながら、みんなと話す。
すいっと水面に浮上した。
あたしは水の中で呼吸ができるけど、イルカは哺乳類で水の中で息ができない。
あたしたち人魚は魚類に近い体質なんだ。

「ぷはあっ」

水面の上に顔を出す。なま暖かい空気が頬を撫でた。

「わ・・・星が綺麗・・・」
『真珠?何見てるの?』
「星よ。みんなには見える?」
『見えるけど・・・見にくいな。俺達は海の星で十分』
「海の星?」
『ヒトデのことだよ』
「そっか。ヒトデかー。夜空の星も綺麗なんだけどなぁ」
『そんなこといいからさ、遊ぼうぜ!』
『そうそう、今夜の依頼はそれだし』

くるくるとみんながあたしの周りを回った。

「そうね、何が良いかしら?」
『えーとぉ・・・』

カタン。

小さな物音がして、バッと振り返る。
誰・・・?男の人・・・?
プールサイドより離れたところにいるからよくわかんないかな・・・?

『真珠、真珠!』
『しっぽ!しっぽ忘れてる!』
「あっ」

ぱっと慌ててしっぽを脚に戻した。ピンクパールつけててよかった・・・。

「・・・キミ、調教師?綺麗に泳ぐね」
「・・・・・・・ありがと」
「こんな時間になにしてるの?ずいぶん若く見えるけど」
「・・・・・・」

すいっとプールサイドまで泳いでいく。イルカ達はその場に残った。
そろっと顔を出した。
・・・若い男の人・・・。バイトの人かな・・・?知らない人だもの。
スッと手をさしのべられる。
“上がってきなよ”っていう無言の合図。
そっと手を取って、陸に上がった。

「オレ、渡辺春樹です。よろしく」
「あなた・・・バイトの人?」
「そう、バイト生です。ちなみに20歳大学1年生」
「ふうん・・・」

どうりで知らないはずだわ・・・正社員の人なら知ってるもの。

『真珠・・・?大丈夫?』

アリアとマリアがあたしのことを心配してか、寄ってきた。

「大丈夫よ、ありがと」

そっとあたまを撫でた。

「・・・キミは何者なの?」

すっと立ち上がる。さわやかな顔立ちと笑顔。不思議な雰囲気。

「・・・水城真珠・・・16歳高校2年」

ちょっと、ムスッとしながら答える。なんか気にくわない。

「え、高2?若いなー・・・。それにしても綺麗に泳ぐんだね、キミ・・・じゃなくて水城さん」
「・・・どーも」
「あれ?ミズキってもしかして・・・」
「ここのオーナーの孫ですけど・・・」
「あ、やっぱり?」
「あなたこそ、どうしてこんな時間にこんな所に?とっくに閉館したのに・・・」
「忘れ物して、警備員のおじさんに入れてもらったんだけど、ここで水の音がしたものだから・・・ 」
「ふーん・・・」
「水城さんこそ、どうして?」

あーもーじれったい!あたしは早くみんなと遊びたいのに!
しかし・・・どうしてって言われても・・・遊びに来たなんて言えないよね・・・。

「ちょ、調教師になりたくて・・・ときどき仲良くしに遊びに来てるの・・・それだけ」
「へぇー・・・気に入った」
「へ?」
「水城さんのこと気に入った!また来るよ。邪魔してごめんな。じゃ」
「ちょっ・・・とぉ・・・」

あたしが突っ込むのよりも素早く、彼は片手を上げるとドアの向こうに消えていった。

・・・何なのよ!もう来なくていいわよ!!これじゃ、うかつに他のプールに行けないじゃない・・・。
イルカの調教師志望がラッコのプールにいたらおかしいし、アザラシのところにいてもおかしいし・・・ ましてやほかの水槽になんて行ったら・・・・・・。
しばらくはイルカのプールに入り浸るかな;正体がバレるよりましだわ。
仕方がないから、ほかのみんなのところにはおしゃべりだけしにいこう。

ぱしゃん。水中にもどる。

『真珠?』
『大丈夫?』
『何考え込んでるんだ?』
『さっきのヤツのことだろ?』
「うん・・・。ばれてないよね・・・これ・・・」

ひょいっと自分のしっぽを指さす。
何も突っ込んでこなかったアイツ。“キミは何者なの?”あの言葉が引っかかる。
ただ単に名前を聞きたいだけなら“何者”なんて言わないものねぇ・・・?

『大丈夫じゃない?』
『心配しすぎは身体に悪いぜ』
「うん・・・。あ、また来るって言ってたっけ・・・あーあー・・・しばらくお仕事休業かな」
『どうして?!』
「だって、イルカの調教師志望ってことで話つけたんだもん。他のプールにいけないじゃない。 しばらくはみんなと一緒にいるわ」
『みんな寂しがるわね』
『俺達はハッピーだけどな』
『じゃ、毎日のように遊んでくれるってこと?』
「あはは、用事がなければね」

気が抜けない日々が続くってわけね・・・ピンクパールはいつもつけてるからいいけど・・・ イヤだわ、安心できない日々なんて。
みんなと遊べるのはいいけど・・・仕方がないわね。