fish.2 水城真珠
『 アクアリウム 』
パタパタパタパタ・・・・・・。
小走りで帰り道を駆けていく。
「あ、お嬢さん、お帰りなさい」
「ただいま、おじさんっ」
受付のおじさんにいつものように挨拶をして、ウィーンと開いた自動ドアを通り抜ける。
今日もカラッと良く晴れた夏のお天気だから、ひんやりと冷気が肌を包んだ。
ここは水城アクアリウム。つまり、水族館。
おじいちゃんがオーナーで、パパが館長さんやってるんだ。
「みんな、ただいまー」
制服姿のまま、水槽をすいっと通りながらみんなに声をかける。
『おかえり、真珠』
『学校は楽しかったかい?』
『おかえりなさいー』
そんな、海の生物たちの声があたしに響く。
「うん。楽しかったよ。今日も外はあっついんだー」
『水の中は快適なのにね』
「そうね。じゃぁ、またねっ」
ここにいるみんなと仲良しなあたしは、学校から帰ってくると、水族館の中をぐるっと一回りしてみんなに
声をかけて歩くの。これが日課。
パタン。従業員室の扉をしめた。
「おかえり、真珠」
「あ、パパ!ただいま〜」
「今日もみんなのところに行ってきたのか?」
「もちろん!ラッコのジャックのところでちょっと足止めくらっちゃったのー」
「そっか。ほら、着替えてきなさい」
「はーい。あ、ねえ、ママは?」
「イルカのプールにいるよ。ショーが終わってちょっとしか経ってないからね」
「今日はイルカのプールに行こうっとvv」
「みんなによろしく言っといてくれよ」
「はいはーい」
パパにひらひらと手を振って、女性従業員用のロッカールームに入る。
ちゃんとあたしのロッカーも用意されてて、
スタッフ用のTシャツとジーンズ、防水してあるスニーカーが入ってる。
これを身にまとえば、どこからみても「バイト」の子にしか見えないってわけ。
もっとも、あたしの仕事と言ったら、餌あげたり、
こっそり話して様子を聞いたり、ちょっと遊んであげるくらいなんだけどね。
話すときなんて「会話」にならないように気をつけるのが一番大変なの。
ぱたぱたとちょっと急ぎ足でイルカのプールに向かう。
地上2階からはイルカのショーが見れるステージへ、
1階と地下1階ではそのプールの中が見れるようになってる。
全長20メートルくらいの大きなプールなんだ。
「ママ!」
ガチャッと扉を開けて言った。
「あら、真珠、おかえり。今日はイルカなの?」
「そう、ママがいるって言うからついでに〜」
「どうしてママがいるとなのよ?」
「ママのドジっぷりをみんなにきかなくっちゃね!」
「真珠っ!」
「あははっ」
ぱしゃんっ。水のはねる音が聞こえて、あたしはママの横をすいっと通り過ぎた。
プールサイドにしゃがみこむ。
「もー、アリア、隠れてもムダよ?」
『あはは、バレてたのぉ?』
すうっとアリアが静かに水面に顔を出した。
「当然でしょ。ただいま、アリア」
『おかえり、真珠』
やさしく、アリアの頭をなでる。つやつや、ゴムみたいな感覚。
『学校どうだった?』
「いつもどーり、楽しかったよ。暑いのだけはイヤになっちゃうけどねー」
『暑さに弱いんだから気をつけてよ?』
「わかってるって。ね、みんなは?下?」
『いるわよ。呼んでくる?』
「・・・いいわ、ほら、もう来たから」
ついっとプールの奥を指さす。すると、3頭のイルカがそろって見事にジャンプを決めた。
うーん、今日もいい飛びっぷりね。
「マリア!ルナ!アルテミス!」
ざざっと3頭がアリアの元に合流した。
『よう、真珠!久しぶりー』
『おかえり』
『しーんじゅっvvおかえりなさい〜』
「みんな、ただいま。今日はどうだった?何事もなかった?」
『へーきへーき。いつも通りさ』
『おもしろいと言ったら真珠のママさんのドジっぷりくらいよね』
『そうそう。ボール投げたらお客さんの方まで飛んじゃったのよ〜。私たちの輪投げもキャッチしそこねたし』
「も〜、ママってば、またやっちゃったのねー」
「真珠ー?ママが何だってー?」
あたしの声を聞いたのか、ママがこっちに向かって叫んだ。
「なーんでもないよー」
くすくす笑いながら答える。なんでもあるもんね。
『あの運動神経でよくこのショー続けてるよな』
『でも、ママさんは優しいしやりやすいわ。ちゃんとわかってくれてるもの』
『確かにやりやすいけどさー。フォローするのも大変だぜー』
『ルナってばママさんのカバーするのにいっぱいいっぱいだもんね。愛嬌振りまくのはルナの役目だしー』
「ごめんねー。あんなママで」
『いいわよ、楽しいし』
『そーそー、平凡に終わるショーよりはずっと楽しいぜ?』
「それならよかった」
みんなもキュキュッと声をあげて笑った。みんな優しい子だね。
『真珠、今日はどこにお仕事?』
「今日は依頼なしよ。みんな調子いいみたい」
あたしの仕事、それは閉館後に動物達のカウンセリングをすること。
話ができるのがあたしだけだから、
人間が気づかない、彼らの視線からのことを教えて貰うの。
『じゃ、今夜はあたしたちと遊びましょうよっ』
おちゃめなマリアが言った。そういえば、最近来てなかったな・・・。
『そうしよ、そうしよ、今日の依頼は俺達にしよ』
『どーゆー依頼さ』
『“退屈だから遊んでくれ”っていう依頼。いいだろ?』
アルテミスがおどけて言う。
『そうね、真珠、いいかしら?』
「そんなに嬉しい依頼なら喜んで。今日はここに来るわ」
『やった!』
みんながばしゃばしゃと水面を叩いて喜ぶ。よっぽど退屈なのかしら?
「じゃ、また夜にね!」
『ハーイ。待ってるわー』
『忘れるなよー』
「わかってるって!」
スイッとみんなが水中に戻った。
4頭のイルカの住む水槽。アリアとマリアは女の子でルナとアルテミスが男の子。
みんなまだ若いイルカで、あたしとも気が合うんだ。
ママのところに戻る。
「もう、真珠ったら、何話してたの?」
「なーいしょっ」
「ずるいわー。なんで真珠だけ・・・」
「ねたまないでよー。どうしようもないでしょ」
あたしだけが持っている能力。“海の住人たちと話ができること”。
我が水城家は代々人魚の血をひいている家族で、
おじいちゃんもおばあちゃんもパパもママもお姉ちゃんも人魚の血を引いてる。
そのうち、人魚になれるのはおばあちゃんとママとあたしだけ。
男の人には遺伝しにくいらしいの。
で、何故かあたしだけ、海のみんなと会話ができるんだ。
人間の言葉のままでね。
今日は久しぶりにみんなと遊べるし、楽しみだなぁ。
家にも熱帯魚をたくさん飼ってるけど、やっぱり泳ぎたいのは性だよね。
よーし、張り切ってアシカのアレンをからかいつつゴハンあげてこよーっと!
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