「ぷはあっ」
さすがに息が苦しくなって水面に顔を出す。
ぽたぽた、帽子を取った髪から雫がしたたり落ちる。
「水希ーーーっ」
そう、一言大きな声で真衣が言って、ばしゃばしゃわたしのもとに泳いできた。
ここのプールは25メートルじゃなくて片道50メートルの大きなプールなんだ。
だから200メートルのタイムも3回ターンですんじゃうの。コースも広々と8コースある。
さすが、私立で力が入っているだけあるよなぁっていつも思うんだ。
「っぷわぁっ」
真衣が水面で大きく息を吸い込んだ。
「大丈夫?真衣?」
「だ、大丈夫だけど・・・それ、あたしのセリフ」
「え?」
きゅっと真衣も帽子を外す。
真衣のセリフ・・・?どうして?
「水希ってば、平気なの?何ともない?」
「え?こ、このとーり息切れひとつしてないけど・・・」
意味が分からなくて、きょとんとしてしまう。
「だって!だって、軽く4分以上潜ってたんだよ!?」
「え、4分!?」
水の中の時間感覚なんてない。
いつも適当なところで息継ぎして、適当に顔を出してるんだけど・・・。
そういえば、さっき、苦しくなるくらいまで潜ってたっけ・・・。
心拍数がさっきより明らかに上昇している。
どうしよう、このしっかり者の真衣に“計り間違い”なんて言葉は通用しない。
「確かにね、水希が息継ぎ回数少なくても大丈夫なのは知ってるわよ?泳ぐのだって
大会に出れば女子高生の全国1位なんてさらっと越えられるんだから。でも今のは別よ」
「べ、別って?」
「息を止めてるだけならともかく、優雅にあれだけ潜って泳いでいられるのはおかしいってこと!」
「あ、あはは・・・」
「何か秘密の特訓でもあるんでしょう!?」
「・・・・・・あははぁ〜」
すい〜っと水面を滑るように泳いで誤魔化す。
これくらいじゃ誤魔化されないって承知の上だけど・・・。
「あ!はぐらかした!白状しなさいよーう!3年のつきあいでしょー?」
水をかきわけて真衣が歩いてくる。
「何かあるんでしょ!?ねぇ、何ー?」
「言っても信じてもらえないからいーのっ」
くるんっと回転して水に潜る。
すいっと旋回して真衣の足下をすり抜けて反対側に移る。
真衣を追い越して10メートルくらいのところで水面に上がった。
「ねーー、絶対信じるから教えてよー」
後ろから真衣がわたしに呼びかける。 ・・・と言われてもねぇ・・・。
「・・・・・・」
ぶくぶくぶく、顔を半分沈める。
9割の人間は言われても迷惑でしょ?こんなこと。
友達が急に人魚の血をひいてるってわかったら、疑っちゃうでしょう?
まず、信じられなくならない?
大事な人にほど言えないよ・・・真衣はわたしの大事な親友だもの・・・。
「秘密の特訓?魔法じゃないだろうしー、秘術?ねぇ、気になる〜〜」
「・・・・・・信じてくれる・・・?」
「うんっ」
「・・・知っても・・・友達でいてくれる・・・?」
「あたしたち親友でしょう!?」
「・・・秘密に・・・してくれる・・・?」
「水希がそうしたいなら、絶対誰にも言わない」
「ホントに?」
「本当」
「嘘じゃないよね?」
「あたりまえじゃない!」
ねぇ・・・パパ、ママ・・・わたしこんなこと話しちゃっていいと思う・・・?
自分の秘密・・・言っちゃってもいいのかな・・・?
パパとママはどうやってこんな試練を乗り越えたの・・・?
言ってもいい・・・?
「あの・・・ね・・・」
くるんっと真衣の方にむき直す。
目があって、一瞬ドキッとする。真っ直ぐな瞳。
「あのね・・・別に、秘密の特訓とかしてるんじゃなくて・・・生まれつきなの・・・」
「え?生まれつき?」
「・・・わたし・・・ちょっとだけどね、人魚の血が混ざってるんだ」
「・・・・・・はい??」
「信じられないかもしれないんだけど、ホントなの。おばあちゃんがハーフで、ママがクォーターで、わたし・・・なんだ。
でも、別に人魚の姿になっちゃったりとかはしないし、ホントにちょっとしか流れてなくてっ・・・」
「水希が・・・人魚・・・?」
「の子孫だよ。でもね、世の中気がつかないだけで全世界の人口の15%は人魚の血が混ざってるんだって。
そのうち人魚になっちゃうのはホントにごく一部で、1割くらいなんだよっ。わたしは全然そんなんじゃないから!」
「・・・・・・」
「だから、少し水の中で呼吸とかできちゃうんだ・・・もちろん限界があるんだけど・・・。
水との相性もすごく良いの。だからタイムもいいんだよね・・・」
「・・・・・・」
「ただ・・・それだけのこと・・・」
一瞬、シーンとした空気が流れる。聞こえる音は空調の音のみ。
「イヤ・・・?人間になりきってない子なんて・・・気持ち悪い?・・・友達でいてくれない・・・?」
切なくなる。ふいに、泣きそうになる。
真衣を、友達を失いたくない。初めての親友って呼べるくらいの友達なの。
何よりも真衣を・・・失いたくないよ・・・。
「そっかぁ〜・・・。水希が言うんだからホントなんだよね。人魚かぁ〜・・・おとぎ話の作り物だと思ってたよ〜」
「あの・・・真衣?」
「ん?」
「あの・・・」
「水希が、水希でなくなっちゃうわけじゃないんでしょ?」
ゆっくりと、真衣がわたしのほうに歩いてくる。
「水希が水希ならそれでいい。さすがに人魚の姿とかになっちゃったら引くけどさ。何も変わらないんでしょ?
秘密を教えちゃったって、水希のタイムが落ちる訳じゃないし、水希が水希でなくなっちゃうわけじゃない。
今まで通りの水希でしょう?それならいいじゃない。人魚の血縁でも問題ないよ。あたしたち親友でしょ?
大事な友達を、そんなに簡単に裏切ったりしないわ」
「真衣・・・」
ぎゅうっと真衣に抱きしめられた。
「水希が水希ならあたしには問題ない!これからもよろしくね、水希。教えてくれてありがとう」
「真衣・・・!ありがとう・・・」
確かに秘密をばらしても、わたしがわたしでなくなってしまうわけではない。
何が変わるわけでもない。
そんな、わたしのまんまでいいって言ってくれた真衣。
真衣・・・ホントにありがとう・・・。
ピチャピチャ。
ふいに、水気を含んだプール独特の足音がした。
真衣と離れて、プールサイドに目をやる。
そこには、帰ったはずの羽生先輩と香坂先輩が立っていた・・・・・・。
|