「どうして・・・先輩がここに・・・?」

もしかして、今の話・・・聞いてた・・・?

「ごめん、立ち聞きする気はなかったんだけど・・・タオル、ベンチに忘れてさ・・・」

スッと香坂先輩がベンチを指さした。
そこにはバスタオルが2枚、かかってる。香坂先輩のと、羽生先輩の分・・・。
“立ち聞きする気はなかった”ってことは、聞いちゃったよね・・・。
わたしと真衣の話・・・。

「飯塚、ちょっと」

羽生先輩が香坂先輩の後ろでひらひらと手招きをして真衣を呼んだ。

「え、あの、でも・・・」
「いーから来い!あやしーことなんてねーから」
「・・・わかりました」

ちらっと、真衣がわたしのことを見て、スイッと水に潜った。
バシャッとプールサイドから水から上がる。ぺたぺたと、水気を含んだ独特の足音が響いた。
大丈夫・・・真衣なら・・・下手なこと言わない。真衣は賢い子だもの。
それに、わたしは真衣を信じてる。こんなわたしを信じてくれた真衣を、信じてる。
真衣と羽生先輩はこしょっと小声で話をすると、更衣室へと続く道に消えた。

「水希」
「・・・・・・」
「羽生なら大丈夫。飯塚が説明してるだろ」
「・・・はい・・・」

ぱしゃんっ。軽く水音を立てて香坂先輩がプールに入った。
わたしを呼ぶんじゃなくて、自分から来てくれるところが、なんとも香坂先輩らしい。
わたしと、ほんの2,3歩差のところで先輩が立ち止まった。

「・・・・・・ごめんなさい」
「え?謝るのは俺たちのほうだろ?」
「・・・え?」
「勝手に立ち聞きした形になっちゃったからな・・・秘密・・・だったんだろ?」
「はい・・・でも・・・嘘は言ってないので・・・。先輩は信じてくれますか?」
「本人が言ってるんだ。信じるほかないだろ。それに、水希はわかりやすいから、嘘ついてるか どうかくらいわかる」
「・・・ありがとうございます・・・」
「いや・・・ごめんな」
「・・・・・・」

ふるふると首を横に振る。

「すみません・・・ずるいですよね、実力じゃないんですから・・・タイム速くて当たり前ですもんね」
「どうして?」
「だって、水の中で息、できるんですよ?」
「・・・うん」
「水との相性もすごくいいから・・・速くて当然です・・・」
「そんなこと気にしてたのか?」
「そ、そんなことじゃないですよ!みんなとは違うんです! みんなより有利な条件持ってて速いのはあたりまえじゃないですか!」
「・・・だから記録会は出るくせに、何かと理由つけて大会出場しなかったのか・・・」
「え」
「気がつかないとでも思ってたのか? おまえ、風邪気味だの田舎に行くだの、法事だのって理由つけて 大会に出なかっただろ。現に、今回もエントリーしてない。記録会は非公認みたいなものだから出たのか?」
「だって・・・」
「でも、記録会の記録ですでに水希は有名人になってるって知ってるだろ?」
「でもでも、公認と非公認じゃ大きな差ですよ!こんな能力持ってて、普通の人と一緒に公式の大会なんて出られません」
「普通の人?普通の人と水希は何か違うのか?」
「だって!わたし、人魚の血が流れてるんですよ!?」
「じゃあ、水希はみんなと違う泳ぎ方してるのか?」
「え?」
「足で水を蹴って進んでるんだろう?」
「・・・はい」
「手で水をかいて進んでるだろ?」
「・・・はい」
「息継ぎなしじゃ、泳げないんだろ?」
「・・・そうですけど・・・」
「じゃあ、何も変わらないじゃないか。俺だって、足で水蹴って、手で水かいて、息継ぎして泳いで るんだ。水希と俺、何も泳ぐという行為に差はないだろ?」
「・・・・・・そうですが・・・でも・・・」
「問答無用!次の大会は出ろ」
「ええっっ。でも、でもっ」
「生まれ持った能力だって、実力のうちだろ?」
「・・・そうかな?」
「そうさ。水希がもし、人魚の姿で、俺らと違う泳ぎをしているなら別だけど、 水希は俺たちと何もかわらない泳ぎをしてる。ちゃんとクロールで泳いでる。問題なしだろ。 息継ぎだって、人間でも少なくてすむヤツと、たくさんなきゃダメなヤツがいるだろう?それも 能力のうち。だから水希は自信もってけ」
「・・・わたし、大会出ていいんですか?」
「出ろ。部長命令だ。で、優勝取ってこい!」

にっと先輩が笑った。

わたし・・・みんなと同じ大会に出てもいいの?
同じ泳ぎをしてるなら問題ないの?
人魚の血をひいてるから。
それを理由に、何かと用事をでっちあげて大会に出場しなかった。
だって、公平じゃない気がしたから。
いかさまをしてるわけじゃない。変な泳ぎ方をしてるわけじゃない。 息継ぎだってしないと 泳げないし、何も悪い事なんてしてない。
けど、やっぱり自分がほんのちょっとでも人間じゃない部分を持ってるっていうのが気になって、 逃げてた。あとで「おかしい」って言われるのがいやで、みんなに否定されるのがいやで逃げてた。
でも、真衣はわたしのことを、わたしのまんまでいいって言ってくれた。
先輩だって、わたしのことを認めてくれた。
わたし、みんなと同じ舞台に立ってもいい?

「で?返事は?」
「は、はいっ!優勝取ってきます!」
「よろしい」

くしゃっと先輩がわたしの頭をなでた。
わたしのことを、ちゃんと認めてくれるひとが家族以外にもいた。
それだけで嬉しい。
わたし、ここにいてもいいんだね・・・。

「水希」
「・・・?」

そろっと先輩を見上げる。背高いなぁ・・・。

「・・・・・・やっぱいい」
「え?」
「いい。言うのやめた」
「な、に、え、ちょ、わたし何かしました?」
「そうじゃない」
「き、気になるじゃないですかぁ!」

ザバザバと先輩がくるっと反転して歩き出した。その後ろを追う。

「いーの。やめたから」
「何なんですかー!」
「水希が中学卒業したら教えてやる」
「えーっ、それって半年も先ですよー」
「わーってるって」
「じゃあ、じゃあ、大会で優勝したら教えて下さいっ」
「ヤダ」
「じゃあ、日本一とったら教えて下さい」
「ヤダ」
「・・・一体なんなんだろう・・・そうまでして教えてくれないなんて・・・ わたし何かした・・・?」

ザバッと先輩が上に上がる。私もそれに続いた。

「せんぱ〜い、気になるー」
「だから中学卒業したら教えてやるって」
「・・・約束ですよ!あーもー、先輩っていっつもこうですよねー・・・」
「はいはい、ブチブチ言わないでさっさと行く!」
「はいいっ」

先輩は忘れ物のタオルを羽生先輩の分もひっかけてきた。
とととっと、更衣室に向かう。
・・・ま、いっか。


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「位置についてー」

飛び込み台で姿勢を取る。

「よーい・・・」

パアンッ。

スタートの合図であるピストルの音と同時に地を蹴った。

先輩と約束した大会。なんと今日は全国大会。
でもって、今スタートしたのが決勝戦。
まぁ、わたしが負けるわけもなくここまで勝ち進んできた。
真衣は準々決勝で破れちゃって、ベンチで先輩や後輩たちと一緒にわたしのことを見てる。
スタートのピストルの合図と共に「水希ーーっ」って叫んだのは紛れもない、真衣だ。
片道50メートルの広いプール。これを2往復。これで200メートル。
つまり競技は女子自由形200メートルってやつなの。

水はわたしにとって敵でもなんでもない。
水は仲間。わたしのことを包み込んでくれるやさしいもの。
泳ぐことがとにかく楽しくて仕方ない。決勝とかレースとか、本当はどうでもいい。
わたしは泳げればそれでいいんだから。
くるっとターンしたときの水の流れが大好き。なんだかイルカになった気分でしょう?
息継ぎはなくちゃ苦しいけど、25メートルくらいなら楽勝にいける。
水が流れていくのを感じるのがわたしは好きなんだ。

たんっ。
壁に手をついて、ここでゴール。

「ぽはあっ」

水面に顔を出した。
ワアアアっと会場の歓声が聞こえた。

「ただ今の一着、7コース岡里水希選手タイムー・・・・・・」

い、一着!?やだ、ほんとに取っちゃった・・・まぁ、ここで人間に負けてたらどうしようもないかなぁ・・・?
全10コース、全員ゴールしてから、プールサイドに上がる。
うーん・・・あんまり実感ないというか・・・息切れもしてないわたしって・・・。

「水希水希水希水希っっっ」
「わわわぁっっ」

がばっと、突然真衣に抱きつかれた。

「ちょ、真衣?ダメじゃん、ベンチ抜け出してー」
「おめでとうっ、水希っ!すごいすごい!日本新だしてどーすんのよっ」
「は?」
「・・・だから、タイム。知らなかったの?」
「あはは・・・聞いてなかった・・・」
「女子中学生15歳に日本新記録だされちゃあ、その辺の人たち、だまってないと思うけどなぁ」
「別に、わたしタイムなんてどーでもいいの。泳げればいいんだから」
「くすっ、水希らしいねっ」

その日の夕刊やら次の日の朝刊やニュースに、わたしの名前とタイムがデカデカと 書いてあったのは言うまでもなくて、おまけに水泳部に電話が殺到するわ、 学校の前に記者がたくさんいるわ、家にまでいるわで大騒ぎ。
仕方がないから、真衣の家にお泊まりさせて頂くハメになった。
部活もない日だからよかったけどね。
取材に応じたのはほんの数社だけ。もちろん、学校新聞は例外だけど。
水泳協会からもすごい連絡がきてるらしいけど、全く興味なし。
わたしは普通の学生生活ができて、部活ができればそれでいいの。
望むモノは全てもらったもの。

大事な親友。真衣がわたしのことを理解してくれた。
それだけでわたしは十分。
今のわたしは真衣がいて、先輩がいて、先生がいて、家族がいて、はじめて成り立つモノだから。
それを奪ってしまう何かなんて、欲しくはないんだ。

ねえ、真衣、わたしの永遠の恋人(トモダチ )でいてね。


** Fin **