fish.3 岡里水希
『 Best Friend 』
バシャンッ
勢いよくプールに飛び込む。
水をかきわけながら、クロールで泳いでいく。
タンッ。壁にタッチして終了。
「ぷはあっ」
「1分48秒・・・。おまえ、これ200メートルのタイムだってわかってるか?」
タイム測定をしてくれていた先輩がぽりぽりと頭をかきながら言った。
「わかってますよー。わたし、ちゃんとターン3回しましたでしょ?」
「・・・相変わらず速いな、水希は。まったく、俺の立場もあったもんじゃない」
「へへ・・・」
褒められて嬉しくなる。
「部長!ちょっといい!?」
「はいはい。水希、ちゃんと身体ほぐしとくんだぞ」
「はーい」
とととっと軽い足取りで先輩が呼ばれた方へと行ってしまった。
そう、実は今のはこの水泳部の部長をしている香坂先輩なんだ。
「っはあっ・・・みず、きっ・・・速すぎ・・・」
トナリのコースからざざっと顔を出したのは、同時にスタートを切った親友の真衣。
ここは中高一貫の私立学校の水泳部。もちろん、部活も中高一貫。
ここの水泳部は強いって有名で、ちゃんと年中使える室内プールが完備されてるんだ。
もちろん、楽しいばかりじゃない。基礎体力作りにマラソン10キロとかあったりしてへろへろになったこともあった。
一時期、陸上部と間違われたくらいだもの。でも、ちゃんと楽しいこともある。
先輩後輩の仲は良いし、温水も使える室内プールだし、合宿で海に行ったりもするんだ。
「真衣、大丈夫?」
「だって、水希がいっちゃうからっ、頑張っておいつこーと思って・・・ハイペースになっちゃったんだよー」
「だから、わたしなんて気にしなくていいよっていつも言ってるじゃない」
「やだ!水希に追いつけるくらい速くなってやるんだから!」
「それはそれは、大変だな、飯塚」
ひょこっとプールサイドから羽生先輩が顔を出した。
「羽生先輩」
「水泳界ではけっこー有名だからなーコイツ。岡里水希、期待の新人って。オリンピック、出られるといいな」
「別にオリンピック目指してるわけじゃないんでいいですよー。泳ぐのが好きなんです」
「そんなもったいないなー。そんな才能ありながらさ」
「そうですよねー。水希ってばいっつもこうなんですよー」
羽生先輩と真衣が同意してこくこく頷く。
ほんとにオリンピックとか、日本一とか、世界一とか目指してる訳じゃないんだけど・・・。
「こら、羽生。水希に変なこと言うなよー」
「わわ、最!押すな!落ちるだろっ」
「香坂先輩と羽生先輩って良いコンビですよねっ」
くすくす、真衣と笑いながら言う。 このふたり、いつも仲良しでじゃれてるんだよね。
「なにー。じゃ、水希、もう一本いっとこう。はい、200ね。よーい・・・」
「え、ちょ、ま、待って下さいよう」
慌てて、コース進行方向を向いてゴーグルを装着する。
ピーーッ。
先輩の合図の笛が鳴った。
それと同時に思い切り壁を蹴って突き進む。
キラキラ光るプールの底。透明な水。少し塩素のニオイがするけど、綺麗なプール。
ざざっと水をかきわけて進んでいく。ほら、水はちっともわたしに攻撃なんてしないよ。
水はわたしを受け入れてくれる。水がわたしをもっと前へと進ませてくれるんだ。
「お疲れさまでしたー」
「お疲れさん」
「じゃあ、今日の掃除当番、よろしくね〜」
「はいっ。先輩方、お気をつけてお帰り下さい!」
「あとよろしく〜」
「お疲れさまでした〜」
毎日ローテーションで決められている部活後の掃除当番。
今日はわたしと真衣のペアと、なんと羽生先輩と香坂先輩!
デッキブラシを持って、軽くタイル掃除。真衣としゃべりながらやる掃除はそんなに苦じゃない。
「お、やってるな〜」
「感心感心」
ビート板やストップウォッチを倉庫に戻しに行っていた先輩方が帰ってきた。
「もう、何年この部にいると思ってるんですか〜先輩方」
真衣がすかさずツッコミを入れる。真衣は見た目以上にしっかりとした女の子なんだ。
ふわふわの肩までの髪、色白な肌、ピンクのくちびる。そんな可愛い容姿とは逆に
しっかりしてて、ツッコミもばしばし入れるし、すごく元気な女の子。
「あはは、もう3年だもんな〜。さすがに慣れるよな」
「もう中学3年生か〜。早いもんだねぇ。オレ達が中3の時に入ってきたんだもんな〜」
「ちっこかった水希も今じゃ“期待の新人”だもんな」
「もう、香坂先輩まで・・・羽生先輩はいつものことですけどぉ・・・」
ゴシゴシとデッキブラシを動かしながら言う。
羽生先輩はいつもおどけてて、からかってきて、誰にでも親しみを感じさせるキャラ。
逆に香坂先輩は大人びてて、言動も行動も慎重にしっかりしてて、羽生先輩のからかいもすっとくぐり抜ける強者。
そんなふたりだからこそ、釣り合うのかも知れないけどね。
高校2年生とは思えないほど、わたしたちにもフレンドリーに接してくれるんだ。
ざあっとホースで水を流す。これでタイル掃除終了!
「先輩!掃除終了しました!」
「おー、ご苦労さん。じゃあ、帰っていーぞー」
「ちょっと泳いでいってもいいですかー?」
「・・・戸締まりしろよー?水希は危なっかしいからなぁ・・・」
「あたしも残るんで大丈夫ですよ」
「飯塚がいるなら安心だな。鍵、ちゃんと返しておくように」
「はーい!」
「じゃ、また明日な」
「お疲れさまでしたっ」
「明日水死体で発見なんてことにならねーよーになー」
「羽生先輩ッッッッ」
「あはは!おつかれさんー」
「・・・お疲れさまでしたーっ」
ガラガラッ。先輩方がプールを出ていった。
真衣とふたりきり。さっきまで狭く感じたプールが突然広く感じる。
ぱしゃんっ。
水に入る。ああ、やっぱり水の中って気持ちいいな・・・。
すいっとプールの底ギリギリを泳いでいく。
キラキラと光に反射して輝く世界。水の音しかしない、静かな世界。
わたしはこの水の中の世界が好き。
わたしの最大の秘密。
我が家は人魚の血を引いている家系だってこと。
かといって、わたしは人魚になってしまうこともない、ごくごく遺伝の弱いほうなんだけどね。
でも、そのおかげで、水の中で少し呼吸が出来る。長くは出来ないけど。
水との相性もすごくいい。水があたしを受け入れてくれるんだ。
だから、自然と泳ぐのも速くなる。
わたしが、人魚の血をほんのすこし、ひいているから・・・。
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