「・・・まりあ」
「あくあ・・・!」
わたしの声に、まりあが振り向いた。
そのまま、ゆっくりと一歩一歩進んで、まりあと向かい合う。
久しぶりだね・・・こうして向き合うのは・・・。
「・・・どうしたの?手紙なんて・・・」
あえて、何もないかのように聞いてみた。
こんなことする子じゃない。だから、少し、理由を知りたくなった。
・・・というのは言い訳かもしれないね・・・。
「・・・あくあ・・・その・・・えっと・・・」
「・・・・・・」
「・・・ごめんね・・・」
「えっ・・・」
「・・・あの時・・・あんな態度とっちゃって・・・ずっと避けてて・・・ごめんね・・・。
あたし、あくあのこと傷つけちゃったよね・・・」
小さく首を振る。
「・・・悪いのはまりあじゃないよ。ずっと・・・ずっと隠してたわたしがいけないの。
双子の妹なのに、ずっと秘密にしていたわたしがいけないの・・・。
びっくりさせて・・・ごめんね・・・」
「そんなことないっ!そんなことないよっ。
もし、あたしがあくあの立場だったら、やっぱり隠すもん!
言えないよ!そんなことっ」
「でも、まりあに“いつか言わなきゃ”って思ってるだけで・・・“いつか”
を引き延ばしてたわたしがいけないの。
不用心だったわたしが悪いの。まりあの態度は・・・当たり前だよ・・・」
「・・・あたしね、お母さんに全部聞いたの」
「えっ・・・お母さん、話したの?」
「うん・・・。知らなかった・・・人魚の血が混ざってる家系だなんて・・・」
「・・・・・・」
「あたしはフツーに人間としてなんにも変わらないのにね。水の中で息もできないし、
姿形も変わらないし・・・・・・」
「・・・うん・・・」
「・・・ちょっとね、疑っちゃったの。あたしはもしかしたらあくあの妹じゃないんじゃないかって。
お父さんとお母さんの子供じゃないんじゃないかって」
「そ、そんなわけないでしょ!?こんなに似てて血が繋がってないなんてあり得ないもの!」
「そうだよね。よく考えればそうなんだけど・・・さ。混乱しちゃって・・・」
「・・・・・・」
一卵性の双子に比べたら似てない。でも二卵性の割にはよく似てる。
わたしたちはそんな双子の姉妹。
人間と人魚でも・・・それに変わりはない。
「よく考えたらさ・・・あたし、あくあとプールに初めて一緒に入ったのって
小学校高学年だったよね・・・」
「・・・それまでは真珠・・・持ってなかったから・・・」
「あくあと一緒にプールもお風呂も入ったことなかったし・・・
姉妹なのにって思ってたけど・・・」
「うん・・・」
わたしが真珠をもらったのは小学校高学年の時。
それまでは、容易に持たせられないっていうお母さんの判断だったみたい。
真珠の力を制御するには、ちゃんと心を育ててからだって。
わたしは、乾けば脚に戻る体質だったからやっていけるだろうって。
だから小さいときはよく『あくあもまりあとプール行く!』
ってだだこねてたっけ・・・。
「あくあが・・・あくあが人魚だろうと・・・あたしのお姉ちゃんだって事実は変わらないよね・・・。
あくあが、あくあじゃなくなっちゃう、なんてこと、ないよね?」
「もちろん・・・あたりまえじゃない」
「やっぱりあくあのこと・・・嫌いになんてなれないよ・・・」
「まりあ・・・」
「どうしてあくあは人魚で、あたしは人間なのかなんてわかんない。
でも、でも、あくあが双子のお姉ちゃんであることに変わりはないしっ・・・
あたし、あくあのこと好きだもん・・・」
普段、絶対泣いたりするような子じゃないまりあが、ぽろぽろと瞳から雫をこぼした。
いつも「泣かないでよ」って言われるのはわたしのほうなのに・・・。
「まりあはわたしの大事な妹だよっ・・・」
「ごめんねっ・・・あんな態度とっちゃって・・・ひどいこと言ってごめんねっ」
「いい・・・もういいよ・・・わかってくれるならいい・・・。わたしこそ、ごめんね・・・
16年も秘密にしてて・・・。もうまりあに隠し事なんてしないよ・・・」
「あくあっ」
ぎゅうっと、ふたりで抱き合う。
まりあにつられたのか、わたしまで泣けてきちゃった。
わかってくれた・・・わたしのこと・・・ちゃんとわかってくれた・・・。
まりあも辛い思いしてたんだね・・・。
ごめんね、まりあ・・・。
「ごめんっ、ごめんね、あくあっ。大好きだよっ」
「わたしだって、大好きだよ、まりあっ」
スッと距離を作る。
「だから、もう、謝らないで・・・。ね?」
「・・・うん」
「帰ろうか」
「そだね」
そう言って一歩踏みだしたときに。
ハッと思い出した。
「辰星!」
「・・・え?」
「いっけない。待っててもらってるんだった」
「・・・?」
「あ、いや、その・・・ひとりで来るの、心細かったんだもん・・・」
「ぷっ。あくあらしいっ」
「んもう・・・。あ、そうそう」
「ん?」
「実はね、辰星にもばらしちゃったの」
「・・・え?人魚のこと?」
「そう」
まりあの顔が曇った。
“大丈夫なの?”って顔に書いてあるような表情。
わたしのこと、心配してくれてるんだね・・・。
「藤咲君に?ばらした?あくあから?」
「うん。・・・人間じゃなかったらどうする?って聞いたらね」
「・・・・・・」
「まりあと同じ事、言ってくれたんだ。わたしがわたしならいいよって」
「へぇ・・・。理解あるー」
「2割くらい疑ってるとも言ってたけど・・・」
「あはは」
「でもね、嬉しかった」
「そっかー。藤咲君あたしと同じコト言ってたんだ・・・」
「うん・・・」
『だから好きになったのかもしれないね・・・』
そう、ぽそっと呟く。
「え?」
「何でもない!行ってくるね!」
タタッと駆け出して、元来た道を戻る。
自然と笑顔がこぼれる。
素敵だね。
大好きな人ふたりが、同じコト言ってくれる。
わたしがわたしならいいよって言ってくれる。
世界中のみんなにわかってもらおうなんて思わない。
わたしは大好きな人にわかってもらえればいい。
「辰星!」
「あくあ。おわっ」
ぎゅうっと辰星に抱きついた。
「ありがとう!辰星!」
「・・・まりあちゃんと仲直りできたんだ?」
「うんっ!辰星と同じ事言ってくれた」
「・・・そっか」
「辰星のおかげ。ありがとうっ」
「俺は別に何もしてないよ。で、まりあちゃん置いて来ちゃったんだ?」
「え、あ・・・」
くるっと振り返る。
すると、まりあがひらひらと手を振って、ぱくぱくと声を出さずにしゃべった。
『先に帰ってるよ。ごゆっくりvv』
そう言ったのがわかった。
「先に帰ってる、ってさ」
「え、今のでわかったの?」
「うん。わかったよ?」
「全然わかんなかった・・・。姉妹の力かねぇ・・・」
「?」
「何でもない。じゃ、俺達も帰ろうか」
「うん」
一歩踏み出す。
今までとは違った気持ち。
とても軽い気分。
スキップでもしたくなるような・・・
青空がよく似合う気持ち。
たたたっと数歩、辰星より前に出てくるっと振り返った。
「辰星!」
「ん?」
『ありがと。だーい好き!』
そう、声には出さないで言った。
ねえ、声に出さなくても伝わる?
わたしとまりあみたいに。
言葉にしなきゃ伝わらないことって、たっくさんあるけど、
表情だけで読みとってもらえたら、それも素敵よね。
わたしは嘘が下手なんでしょう?
だったら、なおさら読みとって欲しいな。
ねえ、この気持ちなら、あなたには伝わるって、信じてもいいかな?
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