そっと、辰星から離れて、ぐいっと手の甲で涙を拭いた。

「あくあ?」
「・・・聞いてくれる・・・?わたしの秘密」
「え、でも、秘密なんだろ?まりあちゃんにずっと隠してきた事なんだろ? それを会って1年ちょっとの俺に言っちゃっていいわけ?」
「・・・これから先、辰星とつきあっていくのなら・・・いつか・・・言わなくちゃいけない ことだから・・・わたしが、これ以上辰星を好きになる前に、言っておきたいの」
「・・・どういうこと?」
「だって、・・・これ以上好きになったら・・・受け入れてもらえなかったときに辛いから・・・ 今なら、まだ、そんなに傷も深くはならないだろうから・・・」
「・・・・・・」

どっちに転ぶかわからないけど・・・あなたを信じたいけど・・・。
半数以上の人間の反応の予想はつくもの。
まりあのように・・・。

「いいの?聞いても」
「うん・・・聞いて」
「わかった」

こっくりと辰星が頷いた。
秘密。
秘密は誰にでもあること。秘密を持たない人なんていない。
相手によって秘密にしていることは違うかも知れない。
みんなに、同じように秘密にしていることかも知れない。
些細なことかも知れないし、重大な事かも知れない。
秘密は決して暴いてはいけない・・・。
でもね、秘密を打ち明けられる人がいれば、それはとても素敵だと思う。
それを受け入れてくれる人がいれば、素敵だと思う。
あなたに、そんな人であってほしいと、ひそかに願ってしまうのは反則ですか?


「・・・あのね、わたし・・・」
「・・・」
「わたし、実は人魚なのよ」
「・・・・・・え?」
「嘘かもしれないって思われるかも知れないけど・・・本当なの」
「・・・・・・」
「こうして普通に人間として生きることもできるんだけど・・・水をたくさん かぶったり浴びたりすると人魚になっちゃうの」
「・・・でも、水泳の授業受けてたじゃないか?」
「これ」

スッと今日はブレスレットにしている真珠を見せる。

「イエローパール・・・高いんだよな・・・」
「これは特別な真珠なの。人魚のための真珠。しっぽと同じ色の真珠を持つことで 、水の中で変身してしまう力を制御するためのものなの。わたしは、力の弱いほうだから 一粒でいいんだけど・・・。授業の時は髪留めにして帽子の中に隠してたの。それだけ」
「・・・・・・ほんとにいるんだ?」
「いるよ。人魚も天使も妖精もいるんだよ」
「・・・・・・」
「信じてくれる?」
「・・・信じるさ。あくあは嘘がヘタクソだから、嘘だったらすぐにわかるし。 現に、そのことでまりあちゃんともめてるんだろう?・・・信じるほかないじゃないか。 まぁ、・・・2割方疑ってるけど」
「ここで見せるわけにはいかないから・・・当然だけどね・・・ありがとう・・・」

信じてくれた。
わたしのことを拒絶しないでいてくれた。
人間じゃないって言ってるのに、わたしのこと、認めてくれた。

「人魚かー。昔さ、漫画かアニメか、映画か、その辺でなかった? でっかい水槽を家の中に作って、恋人の人魚をそこに入れて、一緒に住むってゆーの。 あれ?恐竜だっけ?ま、そんな感じの。俺さ、幼心にけっこー憧れたんだよ。 すげーなーって」
「・・・?」
「あ、別にあくあを水槽の中に入れちゃおーってわけじゃないけど」
「・・・そんなことできないでしょ・・・」
「ま、ね。あくあはレモン色のしっぽなんだ?」
「うん・・・」
「・・・すげー似合いそうだな」
「え?」
「何?変なこと言った?」
「そんなに簡単に認めちゃっていいの?」
「どうして?イヤ?」
「そうじゃないっ・・・そうじゃなくて・・・」
「確かに、実際に見てないから信じがたいなって思う部分もあるけどさ、 あくあは嘘が下手だって言っただろ?目見てればわかるし、すぐ顔に出るし。 嘘を言ってるとは思えない。それに、本人が言うんだから。 言っただろ?熊とか宇宙人とかはいやだけど、あくあがあくあでいてくれるならかまわないって」
「・・・うん」
「こうして、俺の隣に人間と同じ姿でいて、俺と一緒に歩けるだろ? ならいいじゃないか。別に人魚になったからってあくあがあくあでなくなるわけじゃないだろ?」
「うん・・・」
「むしろ、人魚の彼女ってなんか格好良くない?」
「もう・・・でも・・・ありがとう・・・」

心の広いひとだね・・・。海みたいに・・・空みたいに・・・。

「まりあちゃんも今は混乱してるだけだと思うよ」
「っ・・・」

急に、現実が目の前に戻ってきた気がした。
そうだ・・・まりあとのことは何も解決していなかった・・・。

「今はびっくりして、処理できてないだけなんだよ。突然、 双子の姉ちゃんが人魚だなんて現実突きつけられたら戸惑うだろ? まりあちゃんは人間で、あくあは人魚で・・・。双子なのにどうしてだろうって 考えちゃうじゃん?生まれたときからずっと一緒の姉妹なんだろ? 俺みたいに一年ちょっとのつきあいじゃないし・・・もっと深い絆があるだろうし・・・。 きっと、時間が経てば話せるようになるさ」
「・・・なるかな・・・?」
「大丈夫。きっと、大丈夫」
「・・・・・・ショックだったの・・・ずっとずっと隠してきて・・・いつか言わなくちゃって 思ってて・・・それが突然大好きな妹にバレちゃって・・・拒絶されたのがすごくショックだったの・・・ 。こんなわたし・・・誰も受け入れてくれないかもしれないって・・・辰星も、 もしかしたらわたしのこと嫌いになっちゃうんじゃないかって・・・っ」

また、ぽろっと涙が伝った。
受け入れてくれた事への安心感。
まりあへの不安。
心の中が落ち着かない。

「私の本当の姿見たら、辰星もわたしを拒絶するんじゃないかってっ・・・恐かった・・・」
「そんなことない」

ぎゅっと辰星がわたしを抱きしめる。

「そんなことない・・・おれはあくあが好きだよ・・・大丈夫・・・」
「うんっ・・・」
「人魚だって知っても・・・あくあを好きなことに変わりはないよ・・・」

そっと、辰星がささやいた。

「・・・ありがとうっ・・・」

嬉しかった・・・。
「好き」っていう、たった二文字の、たった一言の言葉がすごく嬉しかった。
わたしを認めてくれる人。
わたしを好きだと言ってくれる人。
ほら、また、あなたを好きになる自分がいる・・・。

世界中の人みんなにわかってほしいとは思わない。
そんなの絶対に無理だから。
でも、大好きな人にはわかってほしいと思う。

わたしを好きになってくれてありがとう・・・。

「ほら、もう泣くな」

するっと腕をほどいて、辰星がわたしの頬を伝う涙を拭った。
いつもと変わらない、やさしい笑顔。

「いいでしょ・・・うれしいの・・・」

永遠の愛があるのかなんてわからない。
同じ人をずっと好きでいられる保証なんてない。
でもね、わたしはあなたを好きでいたいな。
人魚姫のように、一途な恋をしたいな。

そっとやさしく、くちづけを交わした。