それから2週間、あみと顔を合わせることがほとんどなかった。
あたしより先に学校に行っちゃうし、クラスは別だし、あたしより早く帰ってくるから・・・。
あみ・・・どうしてあたしのことを避けるの?
聞きたいけど・・・怖くて聞けないよ・・・。

「ただいまー・・・」

今日はめずらしく、早めの帰宅。

「おかえりなさいーっ」

さなとえなが飛んできた。

「ただいま、えな、さな」
「おかえりなさいー、みあおねーちゃん」
「今日は早いねー」
「うん。ね、あみは帰ってきた?」
「ううん。まだだよー」
「あみおねーちゃん、今日は遅いねー」
「うん・・・。ありがとね」

長い廊下を歩いていって、自分の部屋に入った。

「おっかえりなさいー・・・みあ様?」

シアがぱたぱたと飛んできた。

「みあ様?どうかなさいましたか?」
ついっとシアがあたしの顔をのぞきこんだ。

「うん・・・」

ぽすっとベッドに腰掛ける。
ふわりと布団があたしを受け止める。

「ね・・・あみに会いに行ったら・・・怒るかな?」
「どうしてですか?」
「あみ・・・あたしのこと避けてるみたいなんだ・・・」
「みあ様・・・」
「やっぱり、あたしが隼人と一緒にいすぎたのかな・・・」
「そんなことはないですよ」

シアが優しく微笑んだ。

「みあ様が悪いんじゃありません。恋心とはそのようなものです。 不安定なんですよ。みあ様のせいでも、隼人様のせいでも、あみ様のせいでもきっとありません」
「うん・・・」

そのとき。
ぱたぱたと かすかに廊下に足音が聞こえた。
あみだ!

「あみっ」

思いきりドアを開けて廊下をのぞき込んだ。

「みあ・・・」

そこには涙でぐしゃぐしゃのあみがいた。

「あ・・・み・・・?」
「みあ〜・・・」

トンっとあみがあたしの肩にもたれかかる。

「あみ?どうしたの?なにかあった?」

そっとあみの肩を抱く。
かすかに震えているのが伝わってくる。

「・・・わたし・・・隼人ちゃんのこと・・・好きだったの」
「・・・・・・うん・・・知ってる」

知ってるよ・・・痛いほどに。
よーくわかってる・・・あみが隼人を好きだって・・・。

「隼人ちゃんね・・・ほかに好きな人いるんだって・・・わたしじゃダメなんだって・・・」
「え・・・」

うそ・・・隼人はあみを好きなんじゃないの?
あたしの直感がそういってたのに・・・。 隼人はあみのことが好きだって・・・そう感じてたから・・・あたしは・・・。

「ほんとに、ほんとに・・・好きだったのに・・・隼人ちゃん・・・」
「あみ…」

あみが泣いてるなんて・・・久しぶりかも・・・。
あたしの知っているあみは、いつも笑ってた。
ふたりで迷子になって泣くことはあったけど、あみは滅多のことじゃ泣かない、お姉ちゃんだった。

「わたしね・・・みあに嫉妬してた・・・ずっと、最近・・・隣にいるのはみあで・・・そんなみあに嫉妬してたの・・・。 でも・・・みあのとなりにいるのはわたしだって・・・思ってたから・・・隼人ちゃんにも嫉妬してた・・・。欲張りだよね・・・」
「・・・・・・」
「みあも隼人ちゃんも・・・なんてさ・・・」
「あみ・・・」

好きって・・・言ったのかな・・・あみ。 隼人に・・・。
そのままあみを部屋に連れていって、「ひとりにして」というあみの言葉に従って部屋を出た。
失恋・・・か・・・。
つらいんだろうね・・・すごく・・・。
好きな人に「好きじゃない」って言われるのはすごく・・・つらいよね・・・。


カタン。 ベランダにでる。

「みあ様?」

ぽんっと箒をとりだした。

「みあ様?どこに行かれるんですか?」
「・・・隼人のとこ・・・行ってくる」

とんっと軽く地面を蹴ると、ふわりと体が浮いた。

「み、みあ様ー・・・」

ごめんね・・・シア。
どうしても隼人に確かめたい・・・。
いてもったってもいられないんだもん!
そのまま、隼人の家まで飛んでいって、隼人の部屋の前のベランダに降りた。
コンコン。 窓をたたく。

「誰だ?」
「あたし、みあ・・・」
「みあ?」

シャッとレースのカーテンが開いて、窓が開けられた。

「みあ?何やってるんだよ?こんな時間にこんなとこで・・・」
「ちょっと話がしたくて・・・」
「・・・入れよ」
「ありがと」
「で、何?」

くるっと向きを変えて、隼人と向かい合う。

「・・・あみのこと・・・ふったってほんと?」
「・・・・・・ああ」

ゆっくりと、あたしと視線をずらしながら隼人が低い声で言った。
ホント・・・なんだ。

「他に好きな人ができたの?隼人はあみが好きなんじゃなかったの?」
「なんだよ・・・知ってたのかよ?」
「あたしのカン。よく当たるの」

っていうか、女のカンだけどね・・・女の子は好きな人のことに関しては敏感なのよ。

「へーえ…ああ、確かにおれはあみが好きだったよ。でも、今は違うんだ」
「・・・そっか・・・ホントにほんとなんだね・・・」
「どうしてみあが聞きにくるんだよ?」
「あみのこと・・・放っておけなかったの・・・」

あんなに泣いてるあみ、本当に久しぶりだった。
いっつも明るくって、優しくって・・・。
あみが隼人のことずっと好きだったって知ってるからよけいに・・・放っておけなかった。
たったひとりのお姉ちゃんだもん・・・。

「・・・・・・」
「みあ」
「ん?」

ふっと、隼人と視線がぶつかった。
真剣な眼差し・・・。
いったい何を言うつもりなの・・・?

「みあ・・・俺が好きなのはみあだよ」
「え・・・?」

その一言に体中の血液が逆回りしたような感覚に襲われた。
何言ってるの・・・隼人。

「俺が好きなのは、みあだ」

隼人が・・・あたしを好き?
身体が硬直して動かない。
次の瞬間。
ぎゅうっと抱きしめられる。

「や、隼人っ」

抵抗しても力が強くてびくともしない。

「っひゃあっ」

ずるっと足が滑って、その拍子で体勢がくずれる。
ぼすんっ。 背後にあったベッドがあたしの背中を受け止めた。
隼人がいつもに増して鋭い視線をあたしに向ける。
怖い・・・!

「や、はやっ・・・」

ふいに額にくちづけされる。

「みあ・・・」
「あ・・・」

その視線と声に、体が動けなくなる。
頬に、首筋に、開いた胸元にキスが降る。
いやだ・・・だめだよ・・・!あたし、何も言ってない・・・!
それに、あたしはあみの事を聞きに来ただけなのにっ・・・。

「いやあっ…」

力の限りで隼人を押しのけた。
じわっと涙があふれてきて、頬をつたった。

「みあ・・・」
「やだよ、こんなの隼人じゃないっ。隼人じゃないよっ」

思いっきり叫んでた。
あたしが知ってる隼人じゃない・・・こんなの・・・っ。
鋭い視線も、力強い腕も、あたしは知らない。

「じゃあ、普段の俺ってなに?」
「・・・ゴーインにしないでよ・・・あたし、まだ何にも言ってないじゃない・・・」
「・・・じゃあ、聞かせてよ」
「え?」
「俺はみあが好きだ。みあは俺のこと、どう思ってる?」
「あたし・・・」

あたしの気持ち・・・言っちゃっていいのかな・・・。
あみの顔があたしの頭をちらつく。
けれど、それ以上に、隼人の真剣でまっすぐな瞳があたしの真ん中を貫く。
誤魔化せない・・・!

「あたしは・・・隼人のこと・・・ずっと好きだった・・・けど・・・あみのこと思うと・・・ごめん・・・」
「どうして?今は俺のこと好きじゃない?」
「ううんっ。好きだよっ。でも・・・」
「でも・・・?」
「あみをこれ以上傷つけるなんて・・・あたしにはできないよ・・・」

つうっと涙が頬をつたっていく。
できない・・・あみをこれ以上傷つけるなんてこと・・・あたしにはできない・・・。
あたしの大好きな、たった1人のお姉ちゃんなんだよ・・・。

「みあ・・・おまえ、ほんとバカだよ」

ぽんぽんっと頭を優しくなでられる。

「ほっといてよ・・・そのくらい知ってる・・・」
「他人の幸せのために自分の幸せ捨てるのかよ?」
「他人じゃないよっ。姉妹だもん・・・」
「自分以外は全員他人だ。自分じゃないんだからな。たとえ、家族でも・・・」
「・・・あみが・・・認めてくれるなら・・・・・・いいよ。あたしも、素直になる」
「そうか・・・わかった・・・ごめんな・・・無理強いして」
「ううん・・・いい・・・」

隼人も男の人なんだって・・・初めて思い知った。
いつまでも小さい頃の優しいお兄ちゃんじゃないんだ・・・。
好きだよ・・・好き・・・。
だけど・・・あみのことも大好き・・・。
あみをこれ以上傷つけるなんてこと、あたしにはとてもできない。
どうして人は誰かを傷つけて生きているんだろう・・・?
だれも傷つけないで生きてはゆけないんですか・・・?





トン。 自分の部屋に舞い戻った。

「みあ様っ。もーう、心配したんですよっ」

いきなり、シアにしかられてしまった。

「シア・・・ごめんね。心配かけて。でも、大丈夫だから」
「みあ様・・・」

笑顔になれない・・・本当の笑顔に。
自分では笑ってるつもりなのに、筋肉がうまく作動しない。
ぽすんっとベッドに仰向けに寝転がった。

「みあ様・・・?なにかあったんですか?」
「シア・・・あたしってほんと・・・ばかだよね・・・」
「?」
「こんなに好きなのにさ・・・ほぉんと・・・バカ・・・」

つううっと涙が頬をつたった。

「みあ様・・・」

好きなのにね・・・譲っちゃう。
ここで、あたしが隼人とつきあったって、あみがふられたっていう事実は変えられないし、どうにもならない。
あたしがつきあわなくったって、それは同じ。
でも、あたしは…ここで隼人とつきあうなんてことできないんだ・・・。
あみのことが、隼人と同じくらい、大好きだから・・・。