そして、2日後から隼人との特訓が始まった。
「はっ・・・はっ・・・」
朝6時。
ランニングからスタート。
「ねっ、隼人っ・・・これって・・・意味・・・あるのっ?」
「おー、ありまくりだっ。いいから黙って走れっ」
どーしてランニングが必要なのよ?
飛んじゃえば楽なのに・・・。
「あうー・・・つかれたよーう・・・」
家の庭に倒れ込んだ。
「気持ちいいだろ?朝のマラソン」
「うーん・・・」
くるっと寝返りを打って、仰向けになる。
芝生をなでていく風が、あたしの頬もなでていく。
白い雲、青い空、緑の芝生、澄んだ空気・・・。
「うん。いいかもね。朝」
「だろ?」
「・・・隼人・・・」
「?」
「あのさ・・・」
むくっと起きあがる。
そのとき。
「みーあーっ。隼人ちゃーんっ」
あみが玄関からぱたぱた走ってきた。
「おっはよーっ」
「おう、おはよう、あみ」
「ご苦労様。でも、早くしないと遅刻しちゃうよ?」
「え?」
隼人とあたし、顔を見合わせる。
制服姿のあみ。
もしかして・・・。
いやな予感が、あたしと隼人のあいだをすり抜けた。
「ほーらっ」
ぽんっとあみが目覚まし時計を取り出した。
「やーんっ、遅刻遅刻―っ」
「やべっ」
き、着替えなきゃっ。
あー、でもシャワーも浴びたいっ。
「じゃ、また学校でねっ」
「あ、ちょいまち!!」
「な、なによ?」
「箒没収」
ぽんっと音を立てて、あたしの箒が現れた。
「えっ・・・」
「走ってこい!俺がしばらく預かる!」
「ええーっ」
「わかったな!」
「はぁい・・・」
隼人に箒を没収されちゃった。
あーあ・・・。
あたしの大事な移動手段が・・・。
大急ぎで部屋に駆け込んで、ざーっとシャワーを浴びた。
身体をよーくふいて、杖をひと振り。
ぽぽんっ。制服に身を包んだ。
「うん。完璧。このくらいは良いよね。使えるんだもんっ」
部屋に戻って、カバンを取りに行く。
「シーアっ。シアーっ」
「はーいっ。おかえりなさいませ〜、みあ様」
ぱたぱた、シアが羽を羽ばたかせてやって来た。
「ただいまっ。あたしのカバンっ・・・」
「はーい、ここにありますよ〜」
「ありがとっ。行ってくるねっ」
「いってらっしゃいませ〜」
ちゅっとシアがあたしの頬にキスをした。
これが毎朝の日課。
シアったら、ほーんと、可愛いんだから・・・。
「おかーさまっ、あみはっ?」
「先に行きましたよ」
「はーいっ。いってきます!」
「いってらっしゃいー」
バタン!
勢いよく、うちを飛び出す。
えーん、走っていくのぉ?
さっきまでマラソンしてたのにぃー・・・。
キーンコーンカーンコーン・・・。
学校の屋根が見えた頃、鐘の音が鳴り響く。
「うひゃあっ、予鈴がなってるよーう・・・」
それからというもの、毎日が忙しくなった。
朝は早朝マラソンして、
走って学校まで行って、
授業受けて、
走って帰って、
隼人の特訓受けて、
(特訓っていっても実践はさせてくれなかった。イメージトレーニングだけ)
夕方にマラソンして、
腹筋と背筋鍛えて、発声練習までして、
へとへとになりながら宿題して寝るの。
あたしはスポーツ選手じゃないのよーーッ。
そして、そんな生活が2ヶ月続いたある日。
「よーし、今日から実践するぞー」
「やったぁーっ。・・・ところで、いままでの訓練はなんだったの?」
「え?ああ。魔法は身体で使うんだよ。力だけじゃどうにもなんねーこともあるんだ。
まずは、自分の身体を鍛えて、コントロールできるようにして、それから力を使うんだ。
スポーツは集中力もつくし、女の子にはダイエットにもなったんじゃん?」
「へーえ・・・ちゃんと理由があったんだ・・・。ま、確かに、筋力付いたし、やせたけど・・・」
「杖は?」
「あるよっ」
ぽんっと杖を取り出す。
「よし。じゃあ、いっちばん簡単なのからいこう。火出せるか?」
「あ、あはは・・・」
「そこからだな」
一番簡単な火も出せないあたしって・・・。
「火が出せるようになれば、大抵のモノは出せるようになる。水、電気、モノ」
「でも、あたし箒は出せるよ?」
「箒とかでっかいモノは高度魔法の一部なの。そんくらい知ってるだろー?」
「はーい・・・」
「じゃ、火を出す練習な」
「はいっ」
「まず、杖を構えて」
すっと、言われたとおりに杖を構える。
「目を閉じて」
そっと、目を閉じた。
「心に火を思い浮かべるんだ。集中して。煌々と燃える火を描いて・・・」
火を描く・・・。
火・・・暖炉の火みたいに明るい・・・。
「いいか?そうしたら、ゆっくり瞳を開けて、軽く杖を振るんだ」
そっと杖を振る。
「わわっ」
「わーっ。でかすぎでかすぎっ。もっと小さくしてっ」
大きな火が目の前に上がった。
ち、ちいさく・・・ちいさく・・・。
そう心で思ってると、だんだん火は小さくなって、ろうそくの炎ほどになった。
「おおー、上出来上出来。うまいじゃん」
「えへへー・・・やったぁ・・・」
初めて火を出せた。
初歩の初歩、一番初めに習う術。
うれしいよう・・・。
「もっとできるようになれば呪文で出せるようになるから。イメージでやるのはトレーニングというか、初歩だからな」
「はーいっ。よーっし、がんばるぞぉ!」
そして、その日から次々と技をマスターしていった。
モノを移動させること、風を操ること、花を咲かせること、光を灯すこと・・・。
隼人の教え方はとっても上手ですぐにできるようになったんだ。
あみには悪いけど、二人でいられる特訓の時間が好き。
どんなに怒られたって、失敗したって、嬉しくなっちゃう。
ごめんね、あみ。
でも、ちゃんとわかってるから・・・。
毎日、今まで知らなかった隼人を知ることができる。
それが嬉しかった。
「よしっ。これでだいたいの基礎魔法は終わりだ。みあは覚えが早いから楽だな。ついこの間まで失敗大臣だったとは思えねーぜ?」
「ほんと?わーいっ」
「これであみと同じ・・・いや、もっとできるようになったと思うよ。がんばったな」
くしゃっと、あたしの頭をなでた。
「あたし、魔女としてやっていける?」
「ああ」
「あたし、みんなと同じレベルまでこれたの?」
「それ以上さ」
「ありがとうっ、隼人っ」
「なっ・・・」
隼人がいきなり、テレた。
あたしがお礼言うことって・・・そんなに照れることなの?
「や、その・・・お前ががんばったからだろ?俺のせいじゃないんだから」
「でも、教えてくれたの、隼人だし、あたしにずーっとつきあってくれてて・・・ほんとにありがとう」
「・・・なんか改まって言われるとテレるんすけどー・・・」
「くすくす・・・」
キーンコーンカーンコーン・・・。
「最終下校時刻だ。帰ろう」
「うんっ」
うれしくって大きな声で返事しちゃった。
「あ、そうだ」
「なに?」
「はい」
ぽんっと隼人が箒を取り出した。
「みあに返す。よく頑張ったな」
「あたしの箒ーっ。もどってきたぁ・・・」
ぎゅうっと箒を抱きしめる。
「もう乗ってもいいの?」
「ああ」
「じゃ、乗ってかえろーっと。隼人も乗ってくでしょ?」
「え?」
「自分の持ってる?」
「いや・・・」
「じゃ、乗って!送ってく」
「あ、ああ」
すっと箒にまたがる。
とんっと地面を軽く蹴ると、ふわりと宙に浮く。
この感覚、久しぶり・・・。
空を飛ぶって、なんて気持ちいいのかしら・・・!
「すげー・・・」
「・・・ねえ、隼人」
「ん?」
「魔法ってなんのためにあるんだと思う?」
「え?」
「魔法って、いったい何のためにあるのかなぁ。便利だから?」
「うーん・・・魔法ってさ、幸せになるためのモノなんじゃん?」
「幸せ?」
「そう。悪いことに魔法を使うやつらもいるけど、
魔法は元々は幸せになるためのひとつの道具として生まれてきたんだって、俺は思うけどな」
「ふうー・・・ん」
「現に、高等魔法の上の最後の過程、知ってるか?」
「ううん。知らない」
「“幸せの魔法”っていうんだぜ?」
「幸せの魔法・・・?」
「中身は知らないけど・・・人を幸せにする魔法とか・・・自分が幸せになる魔法とか・・・いろいろあるんじゃねーかな?」
「でも、魔法じゃ叶わない幸せもあるのにね」
「ああ。そうだな」
「人間界の人たちは、どうやって幸せみつけるんだろう・・・」
「さあな・・・人間には人間の幸せがあるのさ」
「そうだね・・・」
風を切って、ゆっくり飛んでいく。
空の背景の一部になってしまった気分。
ふと、下を見下ろす。
「あ、あみだ!」
「え?」
「あーみーっ」
叫んで思いっきり手を振った。
あ、こっち向いたっ。
でもちっちゃーい・・・。
「みあは目がいいなぁ」
「そうかなぁ?」
「俺にはあみかどうかなんて一瞬じゃわかんねー」
「あたしたち姉妹だもん」
「へー、そーゆーつながりでわかっちゃうんだ?」
「たぶんね」
そのまま、隼人のうちまで飛んでいって、庭にふわりと着地した。
隼人も純血の家なだけあって、ある程度大きな家なんだよね。
「わりーな、送ってもらっちゃって。サンキュ」
「ううんっ。うれしいからいいっ。それに高等魔法の方が楽だもん!よーやくわかった」
「あははっ。フツー逆だっつーのっ!ま、これで大丈夫だよな」
「うんっ。ありがとうね・・・ほんと」
「頑張ったのはみあだから。また何かあったら来いよ。教えてやっから」
「うんっ」
くしゃっと頭をなでられる。
うわっ・・・。
思わずドキドキしちゃう。
「じゃ、じゃーねっ。あたし帰る」
「ああ。気をつけろよ。カラスに」
「もーう!そんなヘマしないよっ」
とんっと地面をひと蹴り。
ふわりと宙に舞った。
「またねー、隼人!」
「おう!」
そのまま、あたしの部屋のベランダめがけて飛んでいった。
ストンと着地する。
ぽんっ。
箒をしまって、かわりに杖を出す。
鍵にむけて、
「オープン」
一言いうと、カチャリという音がして窓が開いた。
「みあ様、みあ様っ」
「シア!」
「おかえりなさいませ〜っ。箒でお帰りということは・・・とうとうマスターなさったんですねっ」
「うんっ。やったよシア〜」
「おめでとうございますっ。シアも嬉しいですっ」
ぎゅうっとシアがあたしの頬に抱きついた。
「シアにはわかってましたっ、みあ様はきっとできるって」
「ありがとう、シア」
「ねえ、シア。あみを見かけなかった?」
「あみ様?シアは見てませんですよ〜?さな様とえな様は見かけましたけど・・・」
「そっか・・・」
「なにかあったのですか?」
「ううん。最近あみと会ってないな・・・って」
ぱたぱたとシアがあたしの目の前を旋回する。
「うーん・・・あみ様は、みあさまに嫉妬なさってるのでは?」
「あみがあたしに嫉妬?」
「あみ様は隼人様がお好きなんですよね?」
「うん・・・」
「あみ様は、みあ様が隼人さまと一緒に特訓してらっしゃることをご存じです。
特訓はふたりっきりで行ってますよね?ずっとそばにいらっしゃるみあ様に嫉妬してらっしゃるんですよ、きっと」
「・・・そっか・・・。あたしが隼人と一緒にいるから・・・か」
でも、それは仕方のないこと。
あたしのために隼人は一緒にいてくれて、魔法も教えてくれた。
あたしは隼人といられるのが嬉しかったし、魔法ができるようになっていくのも嬉しかった。
もっとたくさん教えてほしくて、ずっと隼人といた。
それがいけなかったのかな・・・。
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