***翌日
「空井ー、お客さん」
「客?」
部活動終了時刻手前。
美術室にいたおれに珍しく呼び出しがかかった。
心当たりはない。
しぶしぶ筆を置いて、おれに声をかけた同じ美術部員に声をかける。
「誰?」
「さあ、俺は面識がないからわかんないけど、おまえ指名。女子だったぜ」
「そう・・・じゃ、ちょっと行ってくる」
面識がない、ってことは、まりんじゃないんだな。
なんたって、体育祭の一件があったから、まりんのことは学校中に筒抜けも同然。
美術部員からは、いつの間に彼女なんて!ってからかわれたりもしたくらいなんだからな。
そう思いながら、美術室の扉を開けた。
「はあい、空井君!」
そう言って、サッと片手の代わりにバドミントンラケットを持ち上げたのは、まりんのクラスメイトで友人でもある、高木さんだった。
バドミントンラケットに、体育着にハーフパンツ姿、そしてジャージを腕を通さずに肩にはおっている。
「高木さん?」
ストーブの焚かれた美術室を冷やさないよう、廊下に出た。
美術室や音楽室などの特別授業教室は、普段の教室がある校舎とは離れていて、廊下は吹きさらしの屋外だ。
さっきまで室内にいたおれには少々寒く感じられる。
バドミントン部所属で、運動後らしい高木さんは、寒そうなその姿でも平然と仁王立ちしていた。
「部活が早く終わったから寄ってみたのよ」
「ええと・・・おれに何か用?」
にこやかに笑いながら立つ彼女は、背丈もまりんより高く、おれより少し低いくらい。
体育会系の彼女に対し、完璧な文化系のおれ。
同じジャージ姿でも、絵の具だらけのジャージは完璧な汚れ防止のエプロン代わりみたいなものだ。
どう見ても、この場で強そうなのはあっちだな・・・なんて思ってしまう。
それにしても、高木さんがわざわざ美術室に寄ってまで、おれを呼び出すなんて何か特別なことがあるんだろうな・・・。
彼女との接点は、水海まりん、たったこれだけなんだから。
「用って程の用じゃないんだけど・・・ちょっと聞きたいことがあったの」
「聞きたいこと?一体なんだ?」
「12月24日、クリスマス・イヴ」
そう、にっこりと高木さんが言い、おれは一瞬ドキッとする。
まりんが、何か言ったんだろうか・・・?
あの日のことを・・・。
「どうだった?」
「どうって・・・何がだよ」
「もーう、この日付を聞けばわかるでしょ?まりんよ、まりん。かわいかった?ん??」
・・・・・・なるほど、そういうことか。
つまり、彼女は、自分が着飾らせたまりんがどうだったか、というのを聞きにきたのか。
だが、わざわざ?おれに?
あいつに聞けばいいだろうに・・・。
「おかげさまで、一瞬誰だかわからなかったよ」
「・・・・・・あんた、ほんとにそういう反応だったの」
「は?」
「あー、いや、うん。それはまりんから聞いたんだ。ストレートヘアーの方が好きだ、って言ってたとかね」
「・・・じゃあ、別に聞きに来なくてもいいじゃないか」
まったくもって意味がわからない。
高木さんが、わざわざ美術室を訪ねてまで、直接おれに聞きたかったことはこんなことなのか?
「そういえば、あたし全然空井君の事知らないもんねー」
「それはお互い様だ」
同じクラスになったこともなければ、まりんがいなきゃ知りあう事もない、ただの同学年の女子だった。
選択科目も、他の授業も、行事ですら、一緒になる事もなかったし面識もなかったんだからな。
いや、それはあいつも同じか・・・。
違ったのは、図書カードにあった名前と、あの場所で会えたから、だ。
「・・・ほんとに言いたかったのは、クリスマスのまりんの事じゃなくてね」
「何?」
「うん・・・全然知らないのに言ってもいいものかって思うんだけどさ」
「だから何だよ」
「12月の、あの態度はないと思うよ。まりんが会えないって言ってた」
「あ・・・あれは・・・・・・」
「別にあたしに説明して欲しいわけじゃないから、言いたくないなら言わなくていいよ。まりんもそこには触れなかったしね」
「・・・・・・」
「あの子はあたしみたいにガンガン言うタイプじゃないし、積極的に行く方じゃないの。
だから、空井君があんな態度とってても“どうしたんだろうね”とかで済ませちゃうのよ。
でもね、本当は違うんだってこと、わかってあげて。ちゃんとこっちが伝えれば、返してくれる。
空井君の事だって気にしてたんだから。本人あんまり自覚ないっぽかったけど」
「・・・ああ、わかってる」
「本当に?」
「あー・・・いや、この間わかったってところだな。あの件はおれが悪かった。それだけは確かだし、ちゃんと謝った」
「そう。ならいい」
「わざわざ、そのために来たのか?」
「そーよ。悪い?」
「悪いとは言ってない」
「・・・あたし、ちょっと悔しいんだから」
「?」
「あたしの親友、とられたような気分もあったのよ。あー、誤解しないで。
別に嫉妬してるとかじゃないし、ふたりの仲を反対してるわけでもないから!
一番近くにいると思ってたのに、空井君のこととか知らなかったことが悔しかったの。
横からひょいっと出てきて、取っていかれたみたいでね」
「ひとを泥棒猫みたいに言うなよ・・・。でも・・・そう思われて当然だよな」
「あら、自覚あるの?」
「多少は。学校内で接点がないってこととかな」
同じクラスになったことがなくて、今も離れている。
選択教科も違う。
委員会にも入ってない。
小学校ももちろん違ってた。
部活も全く接点がない。
そんなおれたちが、突然知り合いになって、つきあってるって言われたら・・・。
そんな状況が自分の友達にあったら、そりゃ驚くに決まってるし、それが親友なら“あいつ誰だよ”ってなるのも当たり前だろう。
「あたしが知らないことがあるっていうのは別にいいの。ふたりがどこで出会おうが、
どこに行こうが、どこで会おうが、それはあたしが口を挟んでいいことじゃないもの。
んー・・・そうね・・・簡単に言うと、あたしの親友泣かせたらタダじゃすまないわよ!ってこと!」
びしっと持っていたラケットをおれに向けて、高木さんが言った。
・・・・・・すでに泣かせたあとの場合はどうすればいいんだろうか・・・。
そんなことを一瞬考えてしまう。
「つまり、まりんを心配してる、ってことだよな」
「・・・そう。まあ、何かあったらあたしがいるって事を覚えておきなさいよ!それから!!」
「まだ何か?」
「女の子は言葉が欲しいものなんだから、おしゃれした女の子には可愛いとか似合ってるとか、それくらい言いなさい!」
「・・・・・・あ、それでクリスマスのことを聞きにきたのか」
「ふんっ。で、どうだった?」
「あー・・・・・・よく、お似合いでした」
「よろしい。次からはストレートヘアーアレンジにしておくから、覚悟しなさいよ」
「・・・お手柔らかにどうぞ」
つまり、なんだかんだで、彼女が一番聞きたかったのは、あの日のまりんに対するおれの感想ってことか・・・。
でも、可愛い、だなんて言葉は本人にしか言ってやらないし、言わないからな。
高木さんが言うことは、たしかにその通りなのかもしれない。
あの日、“せっかく可愛い格好してるのに”と言ったおれに対しての反応。
夏の海で言った言葉。
まりんは頬を赤らめて恥ずかしがるくらい照れていたことを思い出す。
「高木さん、わざわざありがとうな」
「・・・まりんのこと、よろしく」
「ああ」
「じゃ、あたしはこれで!部活邪魔してごめんね」
そう言うと、高木さんはさっと走り去った。
快活、活発、おしゃれ好きな、彼女の親友か・・・。
高木さんはつまり、まりんが大好きだってことなんだろうな。
そんな彼女から、直々にこうして言われるんだから、きっとおれには足りないことが沢山あるんだろう。
「敵に回したらやっかいな人だろうなあ・・・」
なんだか少し、美沙子さんを思い出した。
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