「・・・そろそろ帰らないとだよな」
「え?もうそんな時間?」
「6時前。家族でクリスマス、だろ?」
「・・・うん・・・聖夜君もでしょ?」
「美沙子さんが来るらしいけど・・・まあ間違ってはいない」
「・・・・・・こうしてると、帰りたくなくなる、ね」

ぎゅっと、聖夜君のシャツを握った。
離れたくなくなる。
こうしてると、もっと、一緒にいたくなる。
何をするわけでもなく、ただただ、隣に・・・。
そういえば、せっかくの誕生日デートだったのに、まだ待ち合わせから1時間半しか経ってない。
全然、一緒に過ごせてない。
でも・・・今日はクリスマス・イヴ。
12月24日。
聖夜君の誕生日。
主役を帰さないわけにはいかないよね。

「主役が帰らなかったら、パーティーも出来ないもんね」
「主役?」
「今日は聖夜君の誕生日パーティーも兼ねてるんでしょう?」
「あー・・・そうだな。うん・・・なんか、もう、そんなのどうでもいいってゆーか」
「どうでもよくないよ」
「・・・・・・まあ、今日は色々ともらいすぎるくらいもらったし、大人しく帰るかな・・・」
「??」
「わからないならいい」
「・・・そう・・・」

色々ともらいすぎるくらいもらった・・・?
あたし、スケッチブックしか・・・・・・まさか、キス?

「まりん?」

それは・・・お互い様なのに・・・。
でも・・・うん・・・ファーストキスが聖夜君とで嬉しい。
今日、この日で、嬉しい。
だから、黙ってることにする。

「美沙子さんもいるんだから、おまえも連れて行きたいような気もするけど・・・一人っ子の家の娘を連れ出すわけにはいかないな」
「あはは・・・。じゃあさ、来年はうちで美沙お姉ちゃんも誘ってパーティーしようよ」
「・・・ふたりきりは嫌だって遠回しに言われてるのか?これ」
「そ、そういうわけじゃない!よ!!」
「ははっ。わかってるって。そうだな、予定が合えば、な」
「うん」

来年の今日も、きっと聖夜君といられる。
そう思った。


もう少しふたりでいたいような、そんな気持ちに後ろ髪を引かれつつ、聖夜君のアトリエをあとにする。
外はすっかりと陽が落ちていて、冷たい空気がしんと広がっていた。
少し雲がはれたところから、小さな光が瞬いているのが見える。
ふうっと息をはくと、空気に白く色がついた。

「冷えたね」
「そうだな」
「・・・ここは静かだね」
「商店街とかじゃないし。よし、鍵もかけたし、行こう」
「うん」

ふたり並んで、鳥籠カフェを出発。
街灯も少ない道を黙って進んでいると、二人分の足音がやけに大きく聞こえる。
まるで、深夜みたい。

「・・・あたしね、クリスマスって、いまいちよくわからなかったんだ」
「??どういう意味?」
「だって、誰もクリスマスが何の日か教えてくれないんだもの。ただ、 サンタクロースっていうおじさんがプレゼントくれたり、クリスマスツリーを飾ったり、歌を歌ったり、パーティーしたり・・・」
「・・・間違ってはいないな」
「本の中でもクリスマスっていう単語は知っていて当然、みたいな感じで説明なんてされないし」
「洋書でも、だいたいお祝いの日くらいにしかなってないもんなあ・・・」
「だからね、9歳くらいの時に調べたの。クリスマスってそもそも何の日なのかって」
「イエス・キリストの降誕祭」 「うん。でもね、あたしはクリスチャンじゃないし、イエス様なんていう存在は遠くて、 聖誕祭とか降誕祭なんていうけど全然お祝い気分じゃなくて、それからクリスマスって一体何のために こんなに大騒ぎするものなのかなって思ってた所あるんだ。日本人のほとんどがクリスチャンじゃないのに、ってね。 あ、別にパーティーが嫌とか、クリスマスが嫌いとか、反感があるわけじゃないんだよ?」
「わかってるって。それで?」
「それでね・・・だから、今年からは12月24日は聖夜君におめでとうって言えるのが嬉しいなって思ったの」
「・・・・・・クリスマスは関係ないだろ」
「そうなんだけど、お祝いする必要があるのかなって思ってた日に、お祝い出来る人がいるのは嬉しいなって」
「・・・・・・」
「見ず知らずのイエス様をお祝いするより、あたしは聖夜君の誕生日をお祝いしたい」
「世界中を敵に回すような発言だな」
「あはは・・・」
「でも、ありがとう」
「うん」

クリスマスは、イエス・キリストの降誕祭。
日本では、すでにクリスマスっていう名のイベント事になっていて、 宗教なんて関係なくなっちゃってるところがあるけど・・・クリスマスというものの本質はそこにある。
あたしはクリスチャンじゃない。
お祈りもしないし、教会にも行かないし、賛美歌も歌わない。
イエス・キリストという人が何をしたか、なんて、本の世界のことでしかない。
聖書すら、全く手をつけたことがない。
神様なんて、本当に手の届かない遠い存在でしかない。
そんな人間が、クリスマスを「祝う」なんて、おかしいって思ってた。
クリスマスというイベントが楽しくないわけじゃないし、みんなが楽しむのはおおいにかまわないと思ってる。
あたしだってクリスマスソングくらい口ずさんだりするもの。
でも、やっぱり「お祝い」はしてない感じだった。
12月24日。
今年からは、聖夜君の誕生日を「お祝い」したい。
他の誰でもない、聖夜君の誕生日を。
そう、思ったの。

「クリスマスかー・・・おれ、誰かにクリスマスプレゼントあげるってことしてこなかったから、用意してなかったなー」
「あたしになら気にしないで。今日は聖夜君が主役だし」
「・・・そう。おまえがいいならいいけど・・・。その分は誕生日にってことにするよ」

そう言うと、聖夜君はぎゅっとあたしの手を握った。
お互いに手袋をしているから、直接ぬくもりは伝わらないけど、それでも少しあたたかくて嬉しくなる。
こんなことなら手袋はしなきゃよかった、なんてちょっと思ったりもするけどね。

「あー、帰りたくない」
「主役がいないパーティーはダメだって」
「もう、おれ、おまえと過ごせただけで充分だし。いっそのことアトリエに籠もりたくなるな」
「こらこら!」
「だいたい、帰ったところで兄さんと美沙子さんにからかわれるに決まってるんだ」
「なんで?」
「・・・まりんと会ってたって、知ってるから」
「別にいいじゃん。それなら、美沙お姉ちゃんたちこそ!って言ってあげれば」
「・・・そうだな。そうする」

なんでかな。
ほんの一時間ちょっと前にこの道を通ったときは、少し距離があって、さみしかったのに、今は近くて楽しくて嬉しい。
そのことが、なんだか嬉しい。
それに、聖夜君とこうやって話すのが、とても久しぶりな気がする。
でも、そうでもないような気もするの。



「じゃあね、聖夜君。送ってくれてありがとう」
「ああ。またメールする」
「うん」
「あ・・・そうだ。初詣、一緒に行かないか」
「えっ、いいの?」
「兄さんと美沙子さんも一緒に、だと思うけど。あ、でも、家族で・・・」
「行く行く!行くよっ。美沙お姉ちゃんがいるなら両親の方は大丈夫だと思うし」
「そう?」
「あー・・・でも一応きいてみるね」

あ・・・そっか・・・。
もう、学校は冬休みで、気軽には会えないんだ・・・。
冬休みは約2週間。
あたしたちが試験前に会わなかった日数に比べたら少ないような気もするけど・・・ こうやって会ったあとだと、その2週間がとても長いものに思えてくる。
だから、初詣行こうって誘ってくれてるんだね・・・。
ふいにさみしくなって、離した聖夜君の手をそっと取った。

「どうかした?」
「それまで会えないの・・・・・・さみしい、ね」
「・・・・・・おまえなあ・・・・・・」
「えっ、あ、ごめん」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・あんまり可愛い事言ってくれるなよ」
「っ・・・そんな、つもりじゃ・・・」

やだ、あたしったら、ついうっかり本音をこぼしてた・・・!
こんな恥ずかしいこと、言いたかったわけじゃないのにっ。
ああ、もう、今日は少しおかしいみたい。
聖夜君の本当の気持ちを聞けたから、なのかな・・・。
キス、したからなのかな・・・?
あたしの本当の気持ちを、全部言っちゃったから・・・?
前までよりも、壁がなくなったような、そんな感じがするの。
つい、ぽろっと言葉をこぼしちゃうくらいに。

「・・・カフェにいる」
「え」
「だいたい毎日、午後、アトリエにいるから」
「・・・絵画教室は?」
「今日で年内はおしまい。だから抜けられなくて・・・」
「・・・そっか。うん、わかった。行く時はメールするね」
「ああ。よし、じゃあ、今日は本当にここまでだな。またな、まりん」
「うん。またね。聖夜君、お誕生日おめでとう」

そう言って、握った手を解いて振った。
軽く一振り返してから、聖夜君は来た道を戻っていく。
時々空を見上げながら歩く後ろ姿が、聖夜君らしいなあって思ったりした。
さて・・・あたしも帰らないとね。
ふうっと一息ついてから、玄関の扉を開けた。