「こんにちはー」
「あ!まりんちゃん、いらっしゃい」
「銀河さん!」
一度家に戻って、着替えてから鳥籠カフェにあらためて向かった。
木造の建物に内装、ぱっと見、薪ストーブにも見える洒落たストーブが部屋を暖めていて、なんだかほっとして一息ついた。
静かな店内にかすかに流れるBGMは季節柄か、クリスマスソングで、冬の気分を一層強めている。
今日のお店番・・・という名のお手伝いは、聖夜君のお兄さんの銀河さんだった。
「久しぶりだね。今日まで期末試験だったんでしょ」
「はい。あの・・・聖夜君、来てますか?」
「聖夜?いや、今日は来てないよ」
「・・・そうですか・・・」
「何、会いに来たの?」
「・・・はい。なんか、今日、ちょっと様子がおかしかったように思ったから・・・。金曜日だし、いるかなって」
「残念だったね。今日はもう教室の方行っちゃったと思うよ」
「そうですか。あとでメール、してみます」
「僕も帰ったらまりんちゃん来たって言っとくよ。さて、どうする?お茶してく?もうちょっとすると美沙子くると思うけど」
「じゃあ、少しだけ」
「お好きな席にどうぞ」
銀河さんがにこっと笑って店内へと招いてくれた。
ストーブと飾ってある聖夜君の絵が見える席に座ると、バイトの雪さんがにこっと笑ってメニューを持ってきてくれる。
「こんにちは、まりんちゃん」
「雪さん、こんにちは」
「クリスマスの紅茶が入ってるから、よかったら飲んでみてね」
「クリスマスの紅茶、ですか?」
「そう。シナモンと林檎、それにオレンジとか・・・スパイスや果物のブレンドされたクリスマス用の紅茶よ」
「わあ、美味しそう」
「落ち着くと思うわ」
「・・・・・・ありがとうございます。じゃあ、それで」
「はい」
雪さんがにこっと笑ってキッチンの方へと下がる。
そっか・・・あたし、雪さんにもわかるくらい落ち着きなかったかな・・・。
運ばれてきたクリスマスティーはシナモンの香りがとっても良くて、
ふわっと広がる果物の香りもすごく心地よくて、ほっと一息つくような、そんな冬の紅茶だった。
ストーブの音、小さく流れるクリスマスソング、木のぬくもり、窓から眺める景色は冬空に少しくすんでいて、
ちょっと切ないような・・・そんな気分になる。
クリスマスはもっと心躍る季節だったはずなのに、おかしいな・・・。
「あら、まりん!久しぶり」
窓の外をじいっと見つめていると、ふいに元気の良い声があたしに降りかかった。
銀河さんが言っていたとおり、従姉妹である美沙お姉ちゃんが太陽のような笑顔をふりまきながら制服姿で現れた。
「美沙お姉ちゃん、久しぶり。制服、久しぶりに見た」
「ん?そうだった?」
羽織っていたコートを脱ぐと、まるであたしと待ち合わせしていたかのように向かい側の席に腰掛ける。
いい香りね、と、あたしのオーダーした紅茶の香りをかぎつけ、雪さんに同じものを注文。
5分ほどすると、美沙お姉ちゃんの前にもクリスマスティーが登場した。
「・・・それで?どうしたの」
「何が?」
「聖夜君とケンカでもしたの?」
「・・・・・・ねえ、美沙お姉ちゃん、あたし、そんなにおかしい?」
「おかしいっていうか・・・元気ないなって」
ふんわりと漂うシナモンの香りを吸い込みながら、美沙お姉ちゃんが視線をこっちに向ける。
その視線をさえぎるように、ぐいっとすっかり冷めてしまった紅茶のカップをかたむけた。
「・・・ケンカしたわけじゃないの」
「でも原因は聖夜君、と」
「・・・・・・会えなくて」
「聖夜君に?」
「試験があったからっていうのもあるんだけどね、全然会ってないなって・・・気付いて。それにね、今日、聖夜君がなんかおかしかったの」
「おかしかったって、どんな風によ」
「クラスの前まで来てくれたのに、呼び出したりとかしないし・・・」
「ふむふむ」
「きいたらね『見に来た』って言ったの」
「・・・・・・会いに来た、じゃなくて?」
「そう。見に来たって」
「それは、確かに、おかしいわね」
「でしょう?」
「それじゃ、本人に聞かないと解決出来ないわね。それで、まりんからココに会いに来たけど聖夜君はお留守だった、ということね」
「その通り。明日からは土日でおやすみだし、なんかもう、すっきりしないなって」
「電話とかメールでもいいじゃない」
「絶対はぐらかされる」
「ふうん・・・。聖夜君のことはそんなによく知ってる訳じゃないから、
何とも言えないけど・・・。でも、ほら!来週はもうクリスマスよ!そこで聞けばいいじゃない」
「それまでに何とかしたいんだよーー」
はあっとため息をつく。
だって、クリスマス・イヴは聖夜君の誕生日なの。
8月のあの日・・・あたしの誕生日に約束した。
『海を見に行こう』って。
楽しみにしてたの。
なのに、こんなもやもやした気持ちで・・・。
「ほらほら、まりん、笑って」
カシャッと突然シャッター音が鳴って、ぱっと顔をあげる。
写真部に入ってる美沙お姉ちゃんは、今日も一眼レフの小さなカメラを持参していた。
「大丈夫よ。聖夜君だもの、そんなに気にする事じゃないと思うわ」
「・・・・・・根拠は?」
「銀河の弟だもの」
「わかんないよー」
「ふふっ。まあ、聖夜君もそうだとは限らないけどね。銀河もわりと些細なことが態度に出ちゃってたりするの。
たとえばー、カメラの調整のこととか、誕生日プレゼントのこととか、デートの日取りとかね」
「美沙子・・・何話してるのかと思ったら、僕の悪口?」
「あら、銀河。違う違う、兄弟似てるといいなーって話よ」
「僕と聖夜?あー・・・似てるといえば似てるのかな?」
銀河さんが美沙お姉ちゃんの頭をコツンと軽く叩いて笑った。
些細なこと、か・・・。
でも、そうよね。
あたしがここでひたすら悩んだり落ち込んだりしてても、結局は聖夜君に聞かないと何もわからないんだもの。
「美沙お姉ちゃん、ありがと。きいてもらって、ちょっとスッキリした」
「ん?それならよかった。あ、そうだ、クリスマスイヴの日、4人でパーティーしない?」
「ごめん、その日は聖夜君と海に行く約束してるの」
「・・・・・・真冬の海に何しに行くのよ」
「見に行くの!」
「そう・・・。ま、デートの邪魔してまでパーティーしたいわけじゃないから。気にしないで」
「ありがと」
クリスマス・イヴ。
聖なる夜。
ねえ、聖夜君、約束覚えてるよね・・・?
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