「ああ〜・・・もう緊張したっっっ」
「おつかれ」
ベンチに戻って一息つく。
聖夜君はスケッチブックから目を離さずにそう言った。
「・・・・・・出来た?」
「まさか。そんな天才じゃない」
「じゃあ覗かない。見せてくれるって約束だもんね」
「・・・それはどうも。兄さんたちは?」
「ひまわり撮ってるよ」
「そっちがメインのはずだからな」
「・・・いいな、みんな特技があって」
「水海は書けばいいだろ」
「?」
「文章」
「・・・・・・別に、特技でもなんでもないじゃない」
「そう?おれはそう思わなかったけど。そういえば、約束は守ってくれるんだろうな?」
「約束?・・・・・・ああ、あれね。・・・うん、いつかね」
「いつか?」
「・・・努力はするけど、今すぐには無理だよ」
「なるほどね」
シャッシャと紙の上を走る色鉛筆の音を止めることなく、会話をする。
ほんとは、覗き見たいけど、我慢して前を向く。
黄色の花、青い空・・・。
キラキラ光る日差しはまぶしすぎるくらいで、暑いというよりも、熱い。
ひまわりは、太陽を見つめてる花なんだっけ・・・。
こんなに熱くても、見つめているなんて、情熱的ね。
確か、太陽に恋した水の精がひまわりになった・・・なんて神話があった気がするな。
「暑いね」
「ああ」
その言葉を最後に、ふたりとも黙ってしまった。
何も、いらない気がしたの。
それに、邪魔したくなかったし・・・。
「出来た」
「えっほんと?」
「嘘で言うもんか」
十数分後、聖夜君が色鉛筆を所定の位置に戻して言った。
「ほら、約束」
「ありがとーっ」
ずいっと無造作に差し出されたスケッチブックを受け取る。
「あれ?色鉛筆だったよね?」
「ん?」
確かに、持っている画材は色鉛筆だけなのに、どうして・・・水彩なの?
「ああ、水彩色鉛筆だよ。これ、水の入った筆があれば簡単に水彩みたいになるんだ」
「へえ・・・!すごいね」
「ほんと、お手軽で助かる画材だよな」
なるほど・・・あたしでは知らないものがあるのね。
絵の具がなくても水彩画って出来るんだ・・・。
改めて理解したところで、スケッチブックへと目を移した。
黄色に広がる世界。
青い空。
緑の茎や花が生き生きとして見える。
「・・・・・・」
「ごめん、また無断に描いて」
また、あたしがいた。
シャッターを切っていたであろうふたりはいないのに、あたしだけが。
水色のワンピースを翻して。
その幻想的な世界に入っていた。
ただ、それだけなのに嬉しくて仕方がない。
どうしよう、顔が勝手に笑いそう…!
「なんか、兄さんたちが羨ましくて、つい」
「・・・写真が?それで、銀河さんと美沙お姉ちゃんはいないの?」
「まぁ・・・そうとってくれていい」
「・・・・・・」
“そうとってくれていい”ってことは、違う意図があるの・・・?
それは・・・“あたしだから”・・・?
「ありがと。聖夜君に描いてもらえるなんて、光栄だな」
「それはどうも」
スケッチブックを聖夜君に返す。
まだ乾ききっていない紙が少し波打っているのが、表紙をたたむとわかった。
「まりんー!聖夜君ー!あたしたちちょっと奥まで行ってくるわねー!」
「ふたりも散歩してきな。何かあったら連絡するから!」
「はーい。行ってらっしゃい」
「お気をつけて」
美沙お姉ちゃんと銀河さんが、仲良くひまわり畑の中へと消えていった。
・・・・・・恋人同士だもん、ね。
邪魔しちゃ悪いし・・・そもそも、あたしが呼ばれたのって、聖夜君がひとりにならないため?
「ねえ、聖夜君。あたしたちも散歩しない?じっとしてると暑いし」
「そうだな、一枚描けたからいいし」
ガサガサと荷物を片付けて、ふたりで立ち上がる。
美沙お姉ちゃんたちとは反対方向に歩き出した。
・・・あと追いかけて出くわしてもなんだもんね。
「わあ、見て!ここ、円形になってる!」
「本当だ。上手い具合に作ってるなぁ」
狭い一本道がぱっと急に開けて、小さな円形状に形作られた場所に出た。
ちょうど、人が2〜3人入れるほどの小さな円形。
でも、ますますひまわりに囲まれている気分になる。
「・・・水海、今日、ありがとうな」
「え?」
「正直、おまえが来なかったら来るのやめようと思ってたんだ。兄さんたちの邪魔しちゃうし」
「あ・・・ううん。あたしも、誘ってもらえて嬉しかったよ」
「なら、いいんだ」
「・・・会いたかったから」
「え?」
くるりと振り返って聖夜君と向き合う。
そうだよ。
ちゃんと言いに来たんだもん。
言わなくちゃ。
「あの、ね。約束・・・」
「え?約束?」
「うん・・・約束、してたから、ちゃんと言いに来たんだ」
「!」
「・・・ごめんね、あたしってどうやら鈍感みたいで・・・」
「・・・・・・」
「でも、ちゃんとわかったよ」
ああ、いやだ。
緊張する。
ドキドキして、死んでしまいそう・・・!
みんな、こんな気持ちを経験するの・・・?
「あたし、聖夜君のこと好き、だよ」
絞り出すような声でやっと、それだけ言った。
出来る事なら、今すぐここから逃げ出したい気分だった。
恥ずかしい・・・っ。
「・・・ほんと、に?」
「う、嘘なんかで言えないっ」
「・・・・・・・・・」
くるりと聖夜君が後ろを向く。
「やばい・・・嬉しい」
・・・・・・照れ隠し。
彼が顔を隠すのは、いつもそう。
あたしに背を向けてる時はいつもそうだね。
でも、その一言がすごく嬉しい。
「聖夜君?」
照れ隠しだとわかっていて、前に回り込んでみる。
ねえ、どんな顔してるの?
「〜〜〜ごめん」
「ううん、もうわかったもん」
「・・・水海」
「何?」
聖夜君が顔を上げて、あたしをまっすぐに見る。
思わず、どくんと心が揺れる。
すっと差し出される手。
「・・・おれと、付き合ってくれますか」
まるで、夢のワンシーン。
そう、あの夢の少年もあたしに手をこうして差し出した。
やっぱり、あの夢の少年は聖夜君だったのかな。
そっと手を取って
「はい」
そう告げる。
不思議だね。
今までと、この瞬間からの時間はきっと違うの。
あたしたちは、友達じゃなくなったんだよね。
「なあ、水曜日、空いてる?」
「え?あ、うん。空いてるけど」
「海、見に行かないか」
「海…?」
「泳ぎに行くわけじゃなくて、その・・・見に行かないか」
水曜日。
そうか・・・あたしの誕生日だ・・・!
「うん。あ、じゃあリクエストしていい?」
「え?」
「夕日、見たいな」
「・・・夏の夕日が何時かわかってて言ってる?」
「・・・だめ?」
「別に、いいけど・・・」
「約束ね」
「わかった」
ピピピピ!
聖夜君の携帯電話が鳴って、ハッとする。
「兄さんだな」
「きっとそうだね」
くすっと笑って聖夜君が電話に出る。
「もしもし…はいはい。・・・水海?一緒にいるけど・・・そう、わかった。じゃあ戻るよ」
ピッと通話を終了させるとぱっとあたしの方を向く。
「さっきのトコロまで戻って来いってさ。行こう」
「うん」
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