ある夜、またあの夢を見た。
そう、あたしが書き留めた夢。
あの時聖夜君と約束した物語は、まだほんの少ししか出来ていない。

ふわふわと舞う光。
古いイギリスのような街並み。
ガス灯が煌々と燃える石畳の道を、あたしはひたすら歩いているの。
ふと目の前に広がる花畑。
ざあっと一斉に舞い上がる七色の蝶。
星々が輝き、月が大きく黄色く輝き、花もふわりとした光を放っていた。
耳を澄ますと、波の寄せる音が聞こえてきて、思わず聞き入る。
くすくす笑う妖精、ふわっと舞い降りるペガサス。
いつの間にか、花の精があたしをダンスに誘って、奥へ奥へと連れて行く。
花畑を進むと、ひとりの少年が立っていて、あたしに手を差し伸べる。
そして、何度も何度も、あたしの名前を呼ぶの。

「まりん」

「まりん」

そう、何度も・・・何度も・・・。
手を取ると、ふいに嬉しくなって、思わずほほえみかける。
あたたかくて、優しくて、ふわっと身が軽くなったよう。

「まりん」

少年がもう一度あたしの名前を呼んで、あたしが顔を上げる。
そっとあたしを抱き寄せて

「君が好きだよ」

そう、耳元で言った。
その言葉が素直に嬉しくて、とても、嬉しくて、頬がゆるむ。


「あたしもだよ。聖夜君」




そこで目が覚めた。




自分で驚きが隠せなかった。

「あたし・・・夢の中で・・・何、言ったの・・・?」

ドキドキと速く打つ鼓動が苦しかった。
ねえ・・・あたし・・・何を言った・・・?
夢じゃないくらい、はっきり覚えてる。
まるで、本当に言ったみたいに。

「・・・はは・・・やだな・・・あたし・・・・・・」


もう、隠せない。


そうだよ。
嬉しかった。
好きだって言われて、嬉しかったの。
夏休み中、会えないなんて寂しいと思ってしまった。
「まりん」という響きひとつで、あんなにドキドキしたことなかった。
照れ隠しの背中が少し可愛くて、
携帯の情報を知りたいから、同じ機種だなんて言い出したの。
でも、なんだか認めたくなかったの。
あたしは聖夜君を何も知らないも同然で、 聖夜君もあたしのことをほんの少ししか知らなくて・・・
それでいいのかと・・・。
でも聖夜君は「関係ない」って言ってくれたんだ・・・。

もう、隠せない。

認めるしかない。

気づいてしまったのだから。


「・・・好き・・・」


たった二文字が、やけに恥ずかしい。
今まで普通に言っていたこの言葉が、突然違う言葉に感じる。
ああ、もう・・・遅い。
きっと、こうゆうのを“恋に落ちた”って言うんだ。
気がついた頃には、もう、引き返せない。
恋をするのではなく、恋に落ちるんだ。

“わかったら教えてよ”

頭の中で聖夜君の言葉が響いた。
・・・あたし、ちゃんと言わなくちゃダメだね・・・。
聖夜君はあたしに言ってくれたんだから・・・。


ピピピピッピピピッ。

携帯電話のメール着信音が鳴り響く。
手元にたぐりよせて、画面で時間を確認。

「8時・・・。こんな朝から誰だろう・・・?」

綾ちゃんかな・・・遊びのお誘い?
お母さんが忘れ物したとか・・・は、ないよね・・・。
やけに冴えた頭でぴぴっと操作してメールを開く。

「あ・・・」

相手の名前を見て、またひとつ鼓動がはねた。

「聖夜君・・・」

ああ、もう、なんでこんなタイミングなの・・・?
聖夜君はあたしのことをどこかで見てるんじゃないだろうか・・・。
そんなはずはないけれどね。
ドキドキとうるさい心臓を感じなかったことにしながら、メールを開く。


『水海へ
 朝早くからメールしてごめん。
 あのさ、日曜日って空いてる?
 兄さんと美沙子さんとひまわり畑を見に行かないかって話があるんだけど、一緒にどうかな?
 おれひとりだけだと邪魔だろうし・・・。
 用事があるならそれでいいんだ。じゃあ、返事待ってる』


ひまわり畑・・・銀河さんと美沙お姉ちゃんと・・・か。
きっとあたし、ふたりのついでに呼ばれたんだよね・・・。
でも、日曜日は特に、何もないし・・・ふたりと一緒なら・・・いいかも。
美沙お姉ちゃんが一緒なら、ちょっと遠くても許してくれそう。
聖夜君にも、会わなくちゃって思ったところだったし・・・。
いいよね。


それから、『両親に了解をとってみる』と連絡して、夜にOKの返事を送った。