「ひゃー・・・ここも昼間は暑いんだなぁ」
ジリジリと太陽が照りつける時間帯。
いつもココにいたのは夕方だから、昼間こんなに暑いとは思わなかった。
あたしがいつも座ってる定位置の日陰も、少し短い。
でも、こんなところにいたら暑いし日焼けしちゃう!
いつもの場所の木にもたれかかりながら、聖夜君を待つことにした。
5組の先生、話好きで有名だもんね・・・きっと学活も長引いてるんだろうな・・・。
逆に、うちの担任の先生は完結的。
時間が守れないようじゃ、教師としてダメでしょ!と言って、チャイムぴったりには終わるようにするキッチリした先生なんだ。
ジージーとアブラゼミがうるさく鳴く中に混じって、ミーンミーンというミンミンゼミの声が聞こえる。
それはまるで合唱の練習みたいに。
夏だなぁと思わずにはいられない。
でもね、思うの。
蝉の鳴かない、ただの暑い場所だと、暑苦しくてだるくて嫌になる。
だけど、蝉が鳴いてるだけで、暑苦しいのは変わらないけど“夏なんだな”っていう気分ですませられるの。
嫌だなって思ってるよりは、いいと思うんだ。
「ごめん!水海、待たせた!」
がさがさと草のすれる音がして、聖夜君が姿を現した。
「聖夜君。ううん、そんなに待ってないよ」
「うちの担任、話なげーんだ・・・」
「知ってる、有名だもん」
手に鞄とスケッチブック、それに画材道具が入っていると思われる袋を持って、聖夜君もいつもの場所へ立った。
「あっちー、ここも昼間は暑いな」
「ほんと。日陰もちょっとしかないしね」
どさどさっと、鞄と袋を木の根もとに置く聖夜君。
スケッチブックだけ手に残すと、ぱらぱらとめくり始めた。
「先生にも見せたんだよね?」
「ああ・・・まぁ、風景画の課題だしな」
「へえ・・・先生、なんて?」
「・・・別に、なんてことない事しか言ってくれないから」
「・・・そうなんだ。でも風景画かぁ、あたしもずーっと同じ場所にいたから、見てみたかったんだ」
「・・・・・・あの、さ」
「ん?」
パラリとスケッチブックを二つ折りにした。
なんだか、その仕草だけでドキドキする。
それは、絵に対する期待・・・なのかな。
「・・・いいや、はい」
「?・・・ありがと」
差し出されたスケッチブックを受け取る。
何だろう、今の、言葉・・・。
くるりと後ろ向きになっていたスケッチブックをひっくり返す。
「っ・・・」
生い茂る緑。
ちょっと灰色に汚れた校舎。
緑を支える木々は太くてしっかりしている。
日陰を作ってくれる立派な木たち。
その、根本に、
「あたし・・・?」
あたしがいた。
夏服のセーラー服に、ロングヘアー。
本を読んでる、あたしの姿。
この場所は、ふたりの部活場所。
間違うわけがない・・・。
「ごめん、その・・・許可もなく描いて・・・」
「・・・・・・」
「でも、さ。おれにとって、ここはそういう場所だったんだ。
おまえがいるのがあたりまえっていうか・・・水海がいない時の方が不自然っていうか・・・」
「・・・・・・」
「いつも・・・目が離せなかった」
「っ」
まっすぐにこっちを見て言う聖夜君に、思わずドキッとする。
あたしがいるのが、あたりまえ・・・。
この場所、が・・・?
でも、そうかもしれない。
あたしも、いつの間にか、聖夜君がいないこの場所の方が不思議な感じだった。
いつも、ふたりで、ここにいたから・・・。
「あ・・・ありがと・・・その、描いてくれて。でも、風景画っていう課題じゃなかったっけ・・・?」
「まぁ・・・ね」
もう一度、絵に目を落とすと、なんだかメインはあたしみたいに見える。
そう、風景画というよりは、人物+背景みたいな・・・。
「おかげで部長とか先生にはつつかれたけどさ・・・」
「・・・これ、あたしだってバレなかった?」
「バレないだろ。顔なんて隠れてるも同然だし、おれたちがここにいるって誰も知らない。
美術部の顧問は2年の美術担当じゃないし、部長は三年生」
「・・・そっか・・・」
とても綺麗な、夏の風景。
大好きな聖夜君の絵に、自分がいて、それが何だかとても嬉しくて、じっと見てしまう。
同じ場所にいた、唯一の人から見る景色は、こんなだったんだね・・・。
でも・・・それも・・・これでおしまい、なんだね。
絵は完成したんだし・・・。
次に来るときはきっと、あたし一人・・・。
「ありがとう、見せてくれて」
「ああ」
スケッチブックを聖夜君に返す。
そっと閉じられるスケッチブック。
それは、この時間の終わり。
「もう、ここでは会えないね」
「え?」
「だって、風景画の課題は完成、でしょう?」
「あ、ああ」
「ちょっとの間だったけど、ありがと。楽しかった」
「・・・・・・」
「ごめんね、いっつもあたし、聖夜君の邪魔ばっかりだったでしょう?」
「・・・そんなことない」
「絵を描いてる人に話しかけるなんて、無神経だったかなぁって・・・」
「気にしてない。それに、さっきも言ったけど・・・水海がいることが、あたりまえになってたから」
「・・・うん」
「いつも、ここにいて、スケッチブックから目を上げればおまえがいるのが・・・当たり前になってた。
だから、この絵が仕上がってきて、もう終わるって時に・・・気づいたんだ」
「え?」
「水海が好きだ」
えっ・・・。
とくんっとひとつ、心臓が飛び跳ねた。
なに、言ってるの・・・っ。
「絵を描きに来てたんじゃない。おれは・・・おまえに会いに、ここに来てたんだって」
「・・・・・・」
「ごめん。一方的すぎだよな」
「あの、あたしっ・・・あた、し・・・・・・」
何も、言えない。
好き?
嫌い?
そんなんじゃ、片付けられない・・・。
だって、あたし、聖夜君のことほとんど知らなくてっ・・・何も、知らなくて・・・。
でも、ずっと一緒で、嫌じゃなかった。
でも、だからって、好きかどうかなんて・・・わからない。
嫌いじゃない。
でも、胸を張って友達だとは言えない気がして・・・仕方ない。
だって、ほら、雅の時とは違う。
心臓がどくどくして、胸が苦しくて、何も、言えない・・・。
「いいよ、別に。今すぐ返事が欲しくて言った訳じゃない」
「・・・・・・」
「でも、わかったら、教えて」
「・・・・・・うん」
「じゃ、また。二学期に」
そう言うと、すこし照れた笑みを浮かべて、聖夜君は行ってしまった。
二学期・・・っ。
あと、一ヶ月半も、あなたに会う事はないの・・・?
毎日の様にここで会ってて、
いつも、同じ学校にいて、
廊下で会えるのが普通になってた・・・。
なんだか、今、すごく、聖夜君を引き留めたくなったの・・・。
ねえ、これって・・・どうして・・・?
“水海が好きだ”
あたしを好きだって言ってくれたのは、雅に続いて二人目。
雅は幼なじみで、あたしは彼をよく知ってて、友達だと思ってた。
今でもそう。
友達としか、思えない。
でも、聖夜君は違うの・・・。
何かが、違う。
嫌いじゃない。
でも、好きだって言える訳じゃない。
お互いに何も・・・知らないのに・・・。
あたしは特別可愛いわけじゃない。
勉強が出来るわけじゃない。
音楽だって美術だって体育だって、普通。
どこにだっている子。
本が好きっていうだけの・・・取り柄のない子なのに・・・。
聖夜君・・・あなたはあたしのどこを好きになってくれたの・・・?
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