「水海」
「聖夜君・・・おはよ」
「おはようって・・・もう放課後だけど」
「あはは、そうね。でも、今日初めて会ったし・・・」
「ここはどこの業界だよ・・・」
いつもの部活の時間。
なんだか、当たり前のようになってしまったこの場所。
そして聖夜君との時間。
足音がすると、聖夜君が来たんだなって思うの。
そう、期待してる自分がいたりする。
「今日で部活もおしまいだね」
「そうだな。まぁ、夏休みもあるけど」
「美術部って夏休み中にもあるの?」
「数日だけな。そっちは自宅活動ってとこか」
「うん」
夏休みに決められている最低活動日数は3日。
それ以外は、学校に来ることはない。
だって、読書部だもの。
わざわざ学校に来て、みんなで本読む必要なんてないもんね。
美術部はきっと、スケッチとか、コンクールとか、何かあるんだろうな…。
大きなスケッチブック。
筆と絵の具と水入れ。
もう見慣れてしまった道具たちを、聖夜君が準備していく。
「今日仕上げ?」
「ああ」
「頑張ってね」
「・・・ああ」
風景画…か。
同じ場所にいるあたしと、同じ景色を見ている聖夜君。
でも、きっと、映る景色は違うように見えるんだよね…。
どんな風に描かれているのか、覗いてみたくなる。
この距離では、あたしには聖夜君の絵はカケラも見えないから。
「ねえ」
「何」
「出来上がったら見せてくれない?」
「っ!」
ぱっと聖夜君が顔を上げる。
え?え?
聞いちゃいけないことだった?
見ちゃだめなものだった?
そんなに驚かなくても・・・いいじゃない。
「・・・えっと、その、ダメ、ならいいんだけど・・・」
「・・・・・・いいよ、出来上がったら、な」
「あ、うん。ありがと・・・」
ふいっと顔を背けると、また聖夜君は紙に向かった。
・・・・・・今のは何だったんだろう。
恥ずかしい、のかな?
でも、あんなに堂々と職員室前に飾られちゃったり、鳥籠カフェに飾ってるんだから・・・今更な気がするんだけど・・・。
疑問に思いながらも、あたしも夏休み前最後の部活をするために本に向かった。
キーンコーンカーンコーン
校舎から聞こえる部活終了のチャイムを聞いて、ハッとして顔を上げた。
あと10ページくらいだったのにな…。
そう思いながら、パタンと本を閉じた。
もう流れはわかったけど、あと10ページでどんでん返しのある物語だったらどうしよう、なんて思いながら。
「タイムアップ、か」
「え?」
「残念だな、あと少しで終わったのに」
「仕上がらなかったの?」
「残念ながら」
絵筆を水入れにチャポンと入れて、ぱんぱんとほこり払って立ち上がりながら聖夜君が言った。
約束は“出来上がったら”だから・・・見せてもらえないのかな。
あたしはそっちの方が残念だよ・・・。
同じ時間、同じ場所をどんな風に描いてるのか楽しみだったのに・・・。
「・・・仕上げとくから」
「えっ」
「どうせ、先生に見せなきゃいけないんだから、仕上げるっつってるの」
「・・・それって、仕上がったら見せてくれるってこと?」
「約束だろ」
今日、この場所で仕上がったらじゃなくて・・・仕上げてから見せてくれる、の・・・?
見せてもらえないと思っていたものを、見せてくれると言われて、嬉しくて顔が勝手に笑っちゃう。
「べ、別に!たいしたものじゃないんだからな」
「うんっ、ありがとうっ。楽しみにしてるね」
「…おう」
「絶対約束ね」
「・・・・・・ああ」
「じゃ、ゆびきり、しよ」
「そこまでしなくても」
「だって、今日で部活最後で、今週末には終業式で、そしたら夏休みになっちゃうんだよ!」
「はいはい・・・」
ずいっと右手の小指を立てて、聖夜君に差し出す。
ふうっと軽く息をつくと、聖夜君があたしの指に指をからませる。
たったそれだけのことなのに、突然恥ずかしくなる。
「ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら針千本じゃすまないからねッ!」
「えッ・・・!」
「よしっと!」
恥ずかしさをごまかすように、大きな声で言った。
そしてパッと指を離す。
「お、おい!針千本じゃすまないって、違うだろ!」
「ホントだもん」
「マジかよ」
「・・・うん。だって、聖夜君が約束破るとは思ってないから」
「・・・・・・・・・・・・」
聖夜君はそんな人じゃない。
ちょっとしか聖夜君のこと知らないけど、あたしはそう思ってるから。
聖夜君がちょっぴり本気にした顔してるから、思わずくすりと笑った。
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