「まりんー?ほんとに平気?」
「へーきへーき、ちょっと風邪気味なだけだよ」
「もう、気をつけてよね、試験前までもうちょっとなんだから」
「はあい」
「熱とかないの?」
「わかんない。でも、だーいじょうぶだよ、綾ちゃん」
「そう・・・?」

昨晩、髪を乾かすのを忘れて本に没頭したあげく、 そのまま眠ってしまう、という失態をおかしたせいで、みごとに風邪をひいてしまった。
ちょっと熱っぽい気もするけど、気温のせいでほってってるだけかもしれない。
それに、鼻がちょっとやられてて、ぼーっとするの。
微熱くらいで休んでたら、欠席日数があっという間に増えそうだし、次の時間は大好きな音楽だもの。
綾ちゃんと音楽室に移動するために長い廊下を歩いていく。

「無理しないでよ?」
「ハーイ」
「あ、水海・・・」
「え?」

前方から不意に声をかけられて、綾ちゃんに向けていた瞳を前に戻した。

「聖夜君・・・」
「校舎内で会うの、初めてじゃないか?」
「そうだね」
「?・・・風邪か?」
「えへへ・・・」
「そうなのよー、この子ったら風邪気味なの」
「えっと・・・?」
「あ、まりんの友達の高木綾ですー。空井君の事は知ってるよ」
「・・・ども」

あっ・・・。
今、ちょっとくらっとした。
貧血も併発・・・?

「水海?」
「え、あ、ごめん、何?」
「・・・熱、あるんじゃないか?」
「大丈夫だよ」
「・・・さっきからこの調子。何を言ってもきかないの」

ほんとに大丈夫だもん。
ちょっと、貧血かもだけど・・・ちょっと休めば大丈夫になるもん。
保健室なんて行かない。
・・・保健室ってお世話になったことがないから、よくわからないし・・・。

「っひゃあ」

突然、聖夜君があたしの額に手を当てた。
なっなっ・・・!

「熱い」
「やっぱり熱あるんじゃんっ!」
「へ?」
「おとなしく保健室に連れてってもらえ」
「聖夜君って、こんなおせっかいだっけ・・・?」
「病人を目の前に放っておくほど、ろくでなしじゃないつもりでね」
「よし、じゃあ、この綾ちゃんが保健室までしっかりと連行して差し上げるわ」
「あ、綾ちゃん・・・、ほんとにへーきだから」
「・・・ったく」

綾ちゃんににこっと笑ったところで、ひょいと足下が軽くなった。

「え、な、にっ」
「おおっ」
「せ、聖夜君っ」

犯人は聖夜君で、あたしを抱き上げている。
俗に言う、お姫様だっことやらで。

「コイツ説得するより、本気で連行した方が早い」
「きゃーっ、うらやましーぞ☆まりんっ」
「お、降ろしてよっ」
「ダメ。高木さん、一緒に保健室までいい?」
「もちろん。あ、空井君、教科書持つよ。理科か・・・保健室は通り道ね」
「いいっ、歩く歩くっ、大丈夫だからっ」
「おとなしくしててくれない?」

さらっと聖夜君が言って歩き出す。

「そーそー。迷惑にならないようにつかまってなさいよ、まりん」
「〜〜〜〜〜〜〜」
「後々噂になること間違いなしね」
「綾ちゃんっ」
「病人のわりには元気だな、水海」
「だから大丈夫だって…」
「そのわりに、ふらついてただろう」
「・・・・・・」
「いいから、つかまってろ」

もう、知らないっ。
きゅっと聖夜君の首に腕を回す。
いやだ。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ。
なんでこんなことになっちゃったの・・・!
ああ、こんなことなら、さっさと綾ちゃんの言うとおりに保健室に行けば良かった・・・。

「・・・水海?」
「え?」
「いや、急に静かになるから・・・」
「おとなしくしただけよ」

美術部なのに。
絶対鍛えてるようには見えないのに。
女の子一人軽々と抱き上げるくらいの力持ちだなんて・・・。

意外と広い肩、たくましい腕。
男の子・・・なんだな・・・。
ああ、やっぱり熱があるのかな・・・顔が熱い・・・。