夏に近づく日差し。
日に日に高くなる最高気温。
平凡な公立中学校に、冷房なんて設備はない。
暑苦しい教室。
そんな季節でも、あたしは一カ所だけ、涼しい場所を知っている。
それがここ、校舎の裏の木の生い茂る一画の木陰。
校舎の裏ということもあって、ほとんど人が通らないし、運動部が活動してるかけ声も聞こえない。
聞こえるのは、最上階で活動している吹奏楽部の音だけ。
少し高台に建っているから、この敷地の端からは、微かに町と海が見える。
そんな木陰で、本を読むのがあたしのお気に入り。
部活が“読書部”なんだから、これもアリ。
活動場所なんてほとんど自由で、週に一回集まって、おすすめの本なんかを紹介しあうのが活動なんだもの。 だから、これでもあたしは部活中になる。 サボってるわけじゃない。
規則上、部活があるのは最低回数である週3回。
だから、あたしは部活がある曜日にはココで、ない日にはお気に入りの公園の見晴台に行くことにしてる。 もちろん、それは天気がよかったらの話。
今日も、この木陰でパラリと真新しい本の表紙を開いた。
今日の昼休みに借りてきた、新刊。
どんな世界が広がっているのか、わくわくしながら文字を追いかけた。



「あれっ、先客がいる・・・」

カサッという足音と声がして、目が覚めたみたいにハッとして顔を上げた。
そこにいたのは、前にもあたしの読書時間に現れた空井聖夜!

「・・・こんなところで読書?水海さん」
「あ・・・うん・・・」

大きなスケッチブックと筆箱を持った空井聖夜が、そこに立っていた。
美術部・・・の活動?

「えーと・・・邪魔しないからさ、ココいいか?」
「い、いいけど・・・」
「よし」

そう頷くと、ぽすんとあたしと少し離れた木の下に座り込んで、スケッチブックを広げ始めた。
スケッチするのかな・・・風景画がテーマ?
確かに、ここからなら町が見えるし・・・誰もいないし、涼しいわよね・・・。
ということは、あたし、邪魔かな?
ちらっと目をあげて見ると、真剣な目でサッサッと鉛筆を走らせていた。
周りを見ては、スケッチブックに目を落として、また周りを見る。
すごい・・・。

「美術部の課題?」
「ん?」

思わず声をかけていた。
何やってるの、あたし・・・!

「ああ、風景画を敷地内で描いてこいってゆーから。ここ好きでね。まさか、先客がいるとは思わなかったけど」
「あ、あはは・・・」
「おまえ、前にもいたよなぁ。あの見晴台に」
「・・・うん。えと・・・あの・・・」
「何?」

ちょっと不機嫌そうな声で返事が返ってくる。
やっぱり、絵を描いてる人に声をかけるなんて、ダメだったかな…。

「えっと・・・その・・・『鳥籠カフェ』、にこの間行ってね」

その言葉にぴくっと反応して、目をあたしに向けてきた。
さっきまで動いていた手が止まってる。

「銀河さんに・・・聞いたの。兄弟なんだってね」
「・・・兄さんと知り合い?」
「ううん、違うの。あたしのイトコのお姉ちゃんが、銀河さんの彼女で」
「・・・美沙子さん?」
「そう!それで連れてってもらって」
「・・・意外なつながり」
「えと・・・ねえ、聖夜君って・・・呼んじゃだめ?」
「何で?」
「銀河さんってお兄さんを呼ぶのに、空井君・・・じゃ変かな・・・と」
「別にいいけど・・・。じゃあ、おれも水海って呼ぶ」
「うん。でね、聖夜君の絵、見たよ」

その言葉に、聖夜君がぱたっとスケッチブックを降ろした。
言っちゃいけない言葉だった・・・?
でも、素敵だったんだもん。
綺麗だったもん。
あたし、聖夜君の絵、好きだと思ったんだもの。

「職員室の廊下にも飾ってあるよね。見たんだ。上手なんだね」
「・・・それはどーも」
「思わず見惚れちゃったよ」
「ほめても何も出ないよ」
「別に、出してもらおうと思って言ってないもん」
「そう」

そうつぶやくと、聖夜君は降ろしたスケッチブックを再び構えた。
また、鉛筆が紙の上を走る音が聞こえる。
・・・・・・話題がなくなっちゃった。
銀河さんや綾ちゃんが言う“愛想がない”っていうのは、“興味がない”からなのかな・・・。
だって、初めて会った時は、そんなことなかった。
・・・・・・。
聖夜君も真剣に部活してるんだし、あたしも部活しようかな・・・。
そう思って、本に目を落とす。
再び広がる物語の世界。
でも、なんだか、誰かがいたことなんてなかったから、妙に気が散る・・・。




「水海、部活は?」
「え?」

そう、突然問われて、あたふたと聖夜君を見る。
さっきとほとんど変わらない姿勢で、鉛筆だけを止めてこっちを見ていた。
あ、これ、部活中に見えないよね…。

「読書部」
「・・・なるほど。あの部活ね。活字中毒なわけだ」
「あの部活って・・・」
「有名じゃん、読書部。本の虫が集まってるって」
「・・・何も言い返せないのが悔しいけど・・・」
「好きなんだな、本」
「うん。でも、聖夜君も好きでしょ?」
「好きだけど…そこまでじゃないし」
「嘘。この間、よく借りるって言ってたじゃない。予約するくらいだし」
「よく借りるけど、冊数はそうでもない」
「でも、あたしと同じ本ばっかりって、結構だと思うよ?」
「・・・・・・よく覚えてるな」
「だって、印象的だったから・・・」

突然の会話も、綺麗な絵も、印象的すぎて、忘れられないの。
あたしと同じ本を読んでる人。
素敵な絵を描く人。
綺麗な名前の、クリスマス・イヴ生まれの男の子なんて・・・。

「おれはコッチの方が好きだから」
「・・・そうみたいだね。あたし、聖夜君の絵、好きだよ」
「どーも」
「嘘じゃないからね。おだててもないんだから。本心だよ?」
「ハイハイ。お互いに部活続行」

若干事務的に言いながら、聖夜君はスケッチブックに向かってしまった。
・・・照れてるのかな・・・。
でも、まだ会って二回目なのに、こんなに話せてる。
不思議・・・。