ピンポーン。
ふいに、インターホンが鳴った。
お母さんとお父さんは出かけてる、日曜日の昼下がり。
インターホンを押したのは、イトコのお姉ちゃんだった。
「ハッロー、まりん。久しぶりねっ」
「美沙お姉ちゃん、久しぶりーっ」
きゃーっと歓声を上げる。
美沙お姉ちゃん、フルネームで神屋美沙子。
お母さんのお姉さんの娘で、あたしより3つ年上のお姉さん。
遠くないけど、電車で30分以上かかる街に住んでるの。
「どうしたの?わざわざ・・・」
「コレ、母さんから叔母さんにって預かってきたの。渡しといてくれる?」
「うん、わかった」
美沙お姉ちゃんから紙袋を受け取る。
「美沙お姉ちゃん、上がってく?」
「んーん、いい。これからもう一カ所行かなきゃいけなくて・・・あ、まりんも行こうよ」
「え?」
「歩いていける距離だし!お茶しない?」
「・・・わかった。じゃあ、ちょっとだけ待ってて!」
「はーい」
美沙お姉ちゃんからのお茶のお誘い。
断るわけない。
美沙お姉ちゃんは、明るくて活発で、綺麗な高校生。
すらっとした容姿、高めの背、黒髪がカッコイイの。
あたし、美沙お姉ちゃんが大好きだもの。
出かける支度を手早く調えて、玄関に舞い戻る。
「おまたせっ」
「よし、じゃ、行こう!」
美沙お姉ちゃんと一緒に家を後にした。
住宅街を抜けて、小川の通る緑の遊歩道を進む。
初夏の風が、あたしの長い髪をさらった。
「それにしても、まりん。あんた美人になったねー」
「え?そんなことないよ。美沙お姉ちゃんこそ、綺麗になったと思うよ」
「ありがと。でも、お世辞じゃないんだけどなぁー」
「美沙お姉ちゃんは、小さい頃からあたしを知ってるからじゃなくて?」
「あはは。そうかも。可愛かったもんねーっ」
くすくすと笑いながら歩いていく。
キラキラ輝く陽射しと、反射する水面がとても綺麗。
この辺にはあまり来ないから、徒歩10分ちょっとなのに、違う場所に来たみたい。
「ねえ、どこに行くの?」
「ん?もうちょっと!」
「えー?内緒ってこと?」
「まぁ、まぁ。まりんも好きそうなとこだよ」
「そんなところあったかなぁ・・・。ここ、地元なのに」
「地元って住んでるとこだから、意外と生活に必要のない場所は知らなかったりするのよ」
「なるほど・・・」
美沙お姉ちゃんの案内で、どんどん道を進んでいく。
相変わらずに続く遊歩道。
散歩するにはちょうどいい日陰。
うーん・・・本当にどこに行くつもりだろう?
「さ、ここよ」
そう言って、美沙お姉ちゃんが足を止めたのは一軒のログハウスだった。
落ち着いた色で出来たログハウス。
看板がちゃんとかかっていて、お店だということを意味していた。
「鳥籠カフェ?」
「そ。行きましょ」
「え、あ、うん・・・」
『鳥籠カフェ』なんだか、意味深な・・・名前。
小鳥がいるカフェなのかな?
それとも、鳥籠を置いてあるカフェなのかな。
でも、カフェとつくくらいだから、喫茶店なのよね・・・?
美沙お姉ちゃんが、入り口の扉を慣れた手つきで開けた。
「いらっしゃいませー・・・って、美沙子か」
「やっほー、銀河」
んん?
お客さん扱いどころか、お友達のような会話が聞こえてきた。
み、美沙お姉ちゃん…常連さん?
それとも、本当にお友達?
会話に驚きながらも、美沙お姉ちゃんに続いて店内に入る。
「あれ?その子は?」
「ああ、私のイトコなの」
「へぇ、あ、初めまして、空井銀河です」
「水海まりん、です」
「あ、もしかして僕たちの関係疑ってる?」
「・・・少し」
「ただの恋人ですから、気にせずに」
「銀河ッ」
「まぁまぁ、怒るなって」
少しおどけながら恋人宣言する態度に、美沙お姉ちゃんが赤くなって声を上げた。
・・・ということは、事実みたい。
そっかぁ・・・そうだよね、彼氏くらいいるよね。
えっと、空井、銀河さん・・・か。
んん?空井?
いやいや、名字で関係性を決めるのは早いわ。
「で、今日はどうしたのさ、美沙子」
「ハイ。お届け物よ。銀河帰っちゃうんだもん」
「ああ、部活のか。サンキュー」
美沙お姉ちゃんが、持っていた袋を銀河さんに押しつけた。
「美沙お姉ちゃん、部活って何してるの?」
「ふふ、写真部よ」
「写真・・・!意外だなぁ」
「まぁね。さ、お茶にしましょ」
「そっちも目的なわけか」
「でなきゃ、まりんを連れてこないわ」
「なるほど。好きな席座って」
「はーい」
銀河さんがいたカウンターの向かいが、カフェになっていた。
カウンターの横は雑貨が置いてある。
ログハウスだから、木のぬくもりが暖かい。
ランプも全部オレンジ色で、開けてある窓から入る風が、レースのカーテンをなびかせていた。
テーブルもイスも全て木製で、手作り感溢れている。
素敵な空間・・・。
でも、お客さんはほとんどいない。
読書をしている女性がひとりと、何か書き物をしている男性がひとりいるだけだった。
住宅街だし・・・仕方がないのかな。
「ここね、紅茶が美味しいの。色んな種類があるのよ。まりん紅茶好きでしょ?」
「うん」
席について、美沙お姉ちゃんが銀河さんに紅茶を注文した。
美沙お姉ちゃんは夏にオススメというマスカットティー、あたしは名前が可愛いキャンディティー。
マスカットの紅茶があるなんて驚いちゃう!
キャンディティーはキャンディーみたいなのかと思ったんだけど、違うんだって。
キャンディっていう地方の名前の紅茶。
でも、名前が可愛いから、飲んでみたくなっちゃうな。
ぐるりと店内を見渡すと、壁には絵が飾られていた。
水彩画も、油絵も、デッサンみたいなものもある。
アトリエみたいな雰囲気。
「ねえ、どうして『鳥籠カフェ』なのかな?」
「ああ、ここのお店の名前のことね。おじいさんのセンスよ」
「おじいさん?」
「マスターのことですね」
紅茶を運んできてくれたお姉さんがにっこりと笑って言った。
「こんにちは、美沙ちゃん」
「こんにちは、雪ちゃん」
どうやらこちらも知り合いみたい。
雪ちゃんと呼ばれた人は、ふわふわの肩までのパーマヘアで、雰囲気もふわふわの可愛らしい人だった。
フランス人形みたい・・・。
「マスカットティーが美沙ちゃん、で、いいのかな」
「ええ。まりんがキャンディね」
「はい。まりんちゃんって言うの?可愛い名前だねっ」
「あ、ありがとうございます」
雪さんが、手際よく紅茶の入ったポットと空のティーカップをセットした。
そして、シフォンケーキをコトンコトンと置く。
「あれ?シフォン?」
「マスターが美沙ちゃんが来てるならって。サービスサービス」
「わあ、嬉しい。まりん、シフォンケーキも絶品だから」
「そうなの?わあい」
「雪ちゃん、ココの名前のこと、まりんに教えてあげて?」
「え、あ、そうだったね。『鳥籠カフェ』は、マスター命名で、
鳥籠みたいにこぢんまりしてるんだけど、あったかくて優しくて、
森みたいなカフェにしたいってことなんだって。だから、窓が大きいし、ログハウスなんだって。でも、一番の理由は・・・」
「理由は?」
「マスターが小鳥が大好きだから、だと思うの」
「へぇ・・・。何だか素敵なマスターさんなんですね」
「優しいおじいさんよ。銀河とは似てもにつかないわね」
「コラコラ、そこ、聞こえてるって」
「あはは、聞こえてたー?」
くすくす笑いながら、カウンターから言葉を入れてきた銀河さんに、美沙お姉ちゃんが笑った。
鳥籠カフェ。
何だか素敵。
「ささ、冷めないうちに召し上がれ。またね、美沙ちゃん、まりんちゃん」
「うん、ありがと」
紅茶もシフォンケーキもとっても美味しかった。
ふわふわのシフォンケーキは、ほんのりはちみつ味。
キャンディティーは、綺麗な紅色をしたなめらかな紅茶。
流れるアメリカンカントリーの音楽と、飾ってある絵や写真。
ログハウスのぬくもりが優しいカフェ。
知らなかったなぁ・・・こんな場所が歩いていける距離にあるなんて。
美沙お姉ちゃんと他愛もない話をして、午後のお茶を楽しんだ。
「この色、好きだなぁ・・・」
美沙お姉ちゃんが銀河さんと話している間、壁に掛かっている絵に見入る。
優しいセピア。
描かれた森や小鳥がふわりとした雰囲気を持っている。
「ん?」
サインが入ってる。
ちゃんとした画家さんが描いたのかな・・・?
「気に入った?まりんちゃん」
「銀河さん」
「それ、弟が描いたんだ。一番最近のヤツ」
「お、弟さんが?」
「そう。あれ、まりんちゃんってココの学区の中学生?」
「はい。2年生です」
「じゃあ、知ってるかな。空井聖夜ってゆーの」
空井聖夜!
この間会った人だ・・・。
あの、絵を描いた人・・・。
銀河さんがお兄さんだったなんて・・・すごい偶然。
「知ってます。ちょっとだけ、なんですけど」
「そっか。ま、無愛想なやつだけど何かあったらよろしく」
「・・・はい」
無愛想。
綾ちゃんも言ってたっけ・・・愛想よくないって・・・。
あたしとあの展望台で話したときは、そんなことなかったと思うんだけど・・・。
たった、あれだけだったからかな。
空井聖夜・・・君・・・どんな人なんだろう。
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