「ねえ、綾ちゃん」
「んー?」

翌日、あたしの髪を、いつものようにブラッシングしている綾ちゃんに聞いた。
綾ちゃんは情報に早い。
あたしが知らないことをたくさん知ってる。
美容師は話題を持ってないとダメなんだー、なんて言ってるけど・・・。

「5組の空井聖夜って人、知ってる?」
「空井君?知ってるわよー」
「どんな人?」

その言葉に綾ちゃんが、ひょいとあたしのことをのぞき込んだ。

「な、に?」
「いや、まりんの口から他のクラスの男の名前が出てくるなんて、どんな心境の変化かなーと」
「そんなんじゃないけど・・・」
「空井君は、ある意味有名人よ」
「有名人?」
「そ」

また、あたしの髪をいじりながら、綾ちゃんが得意げに言った。

「まずあの容姿!ほっとくのはもったいないわね。なかなかの美少年だと、私は思うわよ」

容姿・・・。
気にしてなかったけど、確かに、顔立ちはよかったかも・・・。

「それに、美術部で、とおっても絵が上手なの」
「へぇ、意外」
「確か、コンクールで入賞とかしてるよ。職員室のところの廊下に飾ってあるの、空井君のだったと思う」
「コンクール・・・!」
「美術少年だけど、スポーツが出来ないわけでも、勉強が出来ないわけでもないし、狙ってる子、多いんじゃないかなー」
「そうなんだ・・・そんな感じには見えないのにね」
「ま、本人、そんなに愛想よくないけどね」
「んん?」

愛想よくない・・・?
昨日、あれだけ話しかけてきた人が・・・?
同じ本を読んでるから、同類だって思ったのかな・・・。

「よし、出来上がりっ。今日はポニーテールよ。毛先がポイント」
「ありがとう。わ、くるんってしてる」
「乾電池で出来る簡易コテ使ったの」
「校則違反ー」
「内緒ナイショ」

高い位置できゅっと結ばれた髪。
毛先はコテで巻かれてくるんと跳ねている。
そろそろ気温も高くなってきたから、ちょうどいいわね。

「ねえ、空井君の絵、職員室のとこにあるんだよね?」
「そうだったと思うよ。昼休みにでも行ってみなよ」
「うん」



空井君の描いた絵は、とても不思議な水彩画だった。
全体的に青で統一された色調、ファンタジーの世界の生き物、 どこまでも広がる世界。
青い絵の具が冷たくて、でも印象は暖かくて、つい見入ってしまう。
とても中学2年生が描いたとは思えない・・・。

そして、何故か、あたしはこの絵の世界を知っている気がした。