「水海、まりんさん・・・だよね?」

お気に入りの場所。
ほとんど誰も来ないような、公園の奥から続く階段を上がった見晴台。
そこの大きな岩に腰掛けて、少しずつ落ちてくる夕日を見ていた。
いつもと何も変わらない。
お天気のいい日で、夕日がオレンジ色に輝いて街を染めていて、 少し夏のにおいがする風が吹いている。
そこで、声をかけられた。

「・・・はい?」
「そうだろ?水海さん、だよな?」
「あ、はい・・・そうですけど・・・」

声の主へと目をやる。
大きな岩の上からだと、見下ろす感じになってしまっている。
立っていたのは、ひとりの男の子。
別に・・・知り合いじゃないんだけど・・・。

「よかったー、間違ってたらどうしようかと思った」
「えっと・・・どちら様でしょう?」
「ああ、そっか、おれのこと知らないよな」
「ごめんなさい・・・」
「おれ、同じ中学の2年5組、空井聖夜」
「空井、聖夜君・・・」

あれ・・・?
どこかで・・・会ったような・・・。

「覚えてない?図書室で・・・」
「あ、予約してた人?新刊の」
「そう、あれ、おれ」
「そうだったんだ・・・。あれ?でも、どうしてあたしの名前・・・」
「気になって、さ」

ひょいっと、空井君があたしの隣に座った。
どうしてだろう・・・初対面なのに、嫌じゃない。
彼のその動作が、あまりにも自然だったから・・・?

「おれも本、好きでさ、よく借りるんだけど、なんかよく見かける名前があって」
「それが、あたし?」
「そう。水海さんさ、名前が特徴的だし、覚えてた。この間名字呼ばれてて、コイツかって思って。 そしたら、今日ここにいるから驚いたよ」
「あたしは、全然知らないのに・・・」
「先に本を借りてるヤツが、知るはずないだろう?」
「そう、ね・・・。でも、よくこんな所で会ったわね、あたしたち」
「ほんと。誰も来ないような所なのにな」
「あたしはココが好きだから、よく来てるけど」
「マジ?おれも結構来るけど・・・」
「今まで会わなかった方が不思議、なのかな」
「かもな」

不思議ね・・・初めて会って、 初めて話をする人なのに・・・こんなにも自然に話せる。
男の子となんて、滅多に関わらないのに・・・。
何か、同じものを感じる・・・。

「ねえ、“せいや”ってどういう字、書くの?」
「聖なる夜」
「誕生日はクリスマスかしら」
「残念、クリスマス・イヴなんだな。やっぱり分かりやすいよな、この名前」
「くすっ。でも、綺麗な名前だね」
「それはどうも。水海さんには負けるでしょ。まりん、なんて。誕生日は夏ってとこか」
「8月12日よ。こっちもありきたりね」
「お互い様だな」

ピピッ。
空井君の腕時計が5時を告げた。

「ごめんなさい、あたし、もう帰らなきゃ」

とんっと、岩から降りる。
ついっと階段の方へと身体を向けた。

「ああ、また、学校でな」

空井君が明るく告げる。

「・・・・・・うん」

“また、学校で”
校内でも、ほとんと会ったことがないのに・・・。
いいえ、きっと、知らないだけ。
すれ違っていただけの人と、お互い知っている人になれば、状況は変わる・・・。
もしかしたら、会ったことがないんじゃなくて、気がついてない方が正しいのかも・・・。

不思議な人。
空井・・・聖夜・・・。

綺麗な名前を持った、男の子・・・。