fish.5 立光海輝
『 人魚の歌 』
ひゅうぅっ。
冷たい風が吹く季節。
カラッと乾いていて、それでいて澄んだ空気が街を包み込む。
カサカサと落ち葉が風に吹かれて舞い、足下をくぐりぬけていく。
身体を壊しちゃいけない季節。風邪なんて引いていられない。
暖かいコートに身を包んで、ほわほわのマフラーを巻いて、
見た目はスマートなのに暖かい手袋をする。
冬は厚着になっちゃうのが乙女にはイタイわね。
「う〜〜。ホント、寒い日が続くなぁ」
隣を歩いていた朗 が言った。
マフラーも手袋もしないで、コートひとつ。手をポケットにつっこんでいる。
「当たり前よー。冬だもの。寒くなくちゃおかしいわ」
「そうなんだけどさっ。おれは夏が好きなの!」
「・・・じゃあ、手袋くらいすれば?ピアノ科さん」
「・・・いーじゃん、別に。冷え症じゃあるまいし。海輝
はいつでも完全防寒だよなぁ」
「いいでしょ?女の子だし」
「?・・・ふうん・・・。海輝は冬は好きなの?」
「うーん・・・結構好きよ。星が綺麗に見えるし、雪も好き」
ふたりで肩を並べて、大学のキャンパス内を歩いていく。
今日は授業が早く終わる曜日だから、いつも一緒に帰るの。
「あ、でもね。冬は空気が乾燥するのがイヤ」
「そりゃ、声楽科さんにはキビシーだろうねぇ。風邪とかインフルエンザとかもあるし」
「そうなのよ。喉と鼻をやられたらThe End.って感じ。身体が楽器だから取り替えもきかなければ
調整すればいいって問題じゃないし。その点、ピアノはいいわよね」
ちらっと朗の顔を見ながら言った。
「ちょっとやそっとの風邪じゃ影響ないしな。鼻だろーと喉だろーと関係ないし。
そのかわり、怪我したらおしまいだけどな」
「くすっ。お互い様ってところ?」
「だな」
ここは私立の音楽大学。
私の横にいる彼は林原朗、大学1年生の20歳。
去年、国立一本で受験して玉砕したらしいの。一年浪人しておきながら
私立にしたのは、この大学が気に入ったから、なんて言ってるけど・・・本当のところはどうなのかな?
なんて思う。だって、一年間あればそうとう練習できるはずだもの。
そして、私は立光海輝 、大学1年の19歳。
朗はピアノ科、私は声楽科なの。
「ねっ、ウチ寄っていかない?」
「――・・・ハイハイ、伴奏でしょ?」
「えへへ・・・」
「いいよ。海輝んちのピアノ好きだし、伴奏も練習になるから」
「ありがとーっ」
まったく、いい恋人をもったものね。
ピアノ科の人だなんて・・・。
とにかくピアノ科って競争が激しいの。もちろん、音楽をやる以上実力主義なのはわかってる。
どんなに頑張っても上には上がいるのよ。そして運も必要だしね。
ピアノ科はポピュラーな学科なだけあって、上手い人もたくさんいて、
とにかく大変だって聞く。教授もすごく厳しい人から穏やかな人まで様々らしいわ。
私だってピアノの授業もとる。けど、教授陣はみんな「声楽科」ということを
念頭にするものだから、どうしても優しくなるみたい。朗のレッスン証言と私のレッスン証言は
だいぶ食い違うもの。
朗はそれなりに弾ける方だし・・・厳しくされてるのかもね。
ピアノ科の人たちで驚くべき能力はその初見力。
びっくりよ。歌は旋律一本だけど、ピアノは右手左手あって、それに加えて
和音とか連符とかいろいろあって・・・それでも、声楽の伴奏くらいならちゃちゃっと弾いてしまうの。
日頃の訓練かなにかかしら・・・?
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