fish.4 新谷あくあ
『 双子星 』
「あくあーーーーっ」
ぱたぱたぱたぱた、と軽い足音とわたしの名前を呼ぶ声が廊下に響いた。
この声は、妹のまりあね・・・。
「あくあっ」
とんっと、まりあがわたしの前でストップする。
「何?どうしたの?」
「ね、辞書貸して、辞書!」
「は?」
「電子辞書〜〜!!今日忘れてきちゃったのっ」
「・・・わかったわかった、ちょっと待ってて」
そう言って、自分の教室から電子辞書を持ってきた。
「ハイ」
「ありがと〜〜〜。次の英語、当たるんだぁっ」
「しっかりね」
「うんっ。じゃ、借りてくねっ」
「はいはい」
そして、またぱたぱたと軽い足音を響かせて教室へと帰っていった。
今のはわたしの双子の妹、まりあ。
二卵性ゆえ、そんなに似ていない。性格もバラバラだし、得意不得意も違う。
血液型と身長はほぼ一緒。二卵性のわりにはよく似てる方だけどね。
でも、生まれたときから一緒の、大事な妹。すごく仲はいいんだ。
「あくあっ」
ぽんっと肩を軽く叩かれた。
「辰星 ・・・」
「今の、妹だろ?まりあちゃん、だっけ?」
「うん」
「あくあとは全然違う印象だな」
「そりゃそうよー。いくら双子でも同じなわけないじゃない。わたしとまりあは違う人間なんだから」
「それもそうだけどさ。なーんか“双子”っていう見方が・・・」
「わかるけどね、それ。小さい頃からさんざん言われてきたもの」
「そっか。しかし、同じ学校なのに滅多にふたり、そろわないな」
「クラスが離れすぎてるだけでしょ。1年の時は近かったけど、今年は1組と6組だから」
「まりあちゃん、6組なんだ?」
「うん。知らなかった?」
「人数が多いんだから、まだ覚えてないって。6月だぞ?」
「それもそうね」
彼は藤咲辰星。
わたしのボーイフレンド、つまりは恋人・・・。
そして、わたしは新谷あくあ、高校2年生。
梅雨にも入っていない6月上旬、だんだん暑くなってきた初夏。
少ししめった空気が気持ちいい季節。
いつもと同じ、平和な毎日が過ぎていく・・・。
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「あくあー、お風呂どーぞっ」
「はーい」
お風呂から上がったまりあがコンコンッとわたしの部屋のドアを叩いて言った。
我が家はフツーの二階建て一軒家。
わたしとまりあの部屋はちゃんと別々にあるんだ。(昔は一緒だったけど)
パタン。
さっきまで使われていた浴室はまだあたたかい。
胸元には一粒のレモンイエローの真珠。
きゅっとシャワーの取っ手をひねった。
ザアアァァ・・・。あたたかな湯気が立ちこめる。
水が身体にかかるとわたしは人間の姿ではなくなる。
ぴちぴちとレモンイエローのしっぽが水をもてあそぶ。
そう、わたしは“人魚”なんだ。
でも、力の弱い人魚。だから、真珠一粒で制御が効く。
それに、乾燥させればすぐに脚にもどるの。
真珠一粒ってとっても楽なのよ?ネックレスにしても重くないし、ピアスにもなるから。
もっと力の強い人魚は大変なんだって。
何十粒も使ったネックレスをしてないと、水に触れただけで変身しちゃったり、
真珠なしじゃ人間の姿になれなかったりするらしいの。
幸い、我が家系にはそんなに強い人はいないんだけどね。
真珠屋さんが言ってたの。
人魚の真珠は特別な真珠屋でないと手に入らない。
自分のしっぽと同じ色の真珠でないと効き目がないから、他の人から譲って貰うことも
結構難しい。
世の中15%は人魚の血縁だっていうけど、実際にこうして変身しちゃうのはそのうちのわずか。
大抵は人間となにも変わらない姿で、何も変わらずに生活できるんだ。
そう、まりあのように・・・。
ちゃぽっ。湯船につかる。人魚にしたらちょっと狭い浴槽ね。
まりあは人魚じゃない。
双子なのにどうして?って思うけど・・・そこは二卵性がゆえ、なのかな。
血液型が一緒でも、双子でも遺伝したモノは違うって事。
そして、まりあはわたしが人魚だってことを知らない。
わたしが人魚だって知っているのはお母さんとお父さん、おばあちゃんだけなんだ。
人魚の血を引いているのはお母さん。お父さんは普通の人間。
わたしが生まれたときビックリしたって言ってたけど、まりあが生まれたときの方がびっくりしたって言ってたっけ。
双子なんだから、当然、まりあも人魚だと思ったんだろうね・・・。
わたしは、たったひとりの妹に、16年も一緒の妹に、生まれたときから一緒に育ってきた妹に、
最大の隠し事をしていることになるんだ。
それをイヤだと思ったこともある。けれど、言えない。
だって、まりあも“人間”だから。拒絶されたら・・・と思うとどうしても言えない・・・。
ねえ、神様。どうしてまりあも人魚に生まれなかったの?
どうしてわたしだけ人魚なの?
そうでなければわたしを人間として生まれさせてほしかったな・・・。
そうすれば、こうして何人もの人に隠し事をしながら生きることないのに・・・。
大事な妹に、最大の隠し事をしなくてもすむのに・・・。
いつか、まりあに言わなければならない時がくるのですか・・・?
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