『 虹 と 猫 』
「なーお」
ルネが時々歩みを止めて、私のことを振り返る。
「大丈夫よ、ルネ。私、そんなに目は悪くないんだから」
そして、またゆっくりと歩き出す。
今日は学校はおやすみ。来年の一年生を決めるための入試日。
だから、今日はルネに瑞穂さんのところに案内してもらうことにしたの。
あれから一ヶ月。
ルネのリボンに結びつけるメッセージは、毎日続いている。
ちいさなメッセージカードで色々なことを話した。
彼女はやっぱりとても素敵な人だった。
でも、病弱で外に出られない生活を送ってるんだって。
そんな彼女だからこそ、ルネは毎日通ってるんだと思う。
「瑞穂さんに何も連絡していないけど、大丈夫よね?」
ルネは相変わらず私のことをちらちら見ながら歩いていく。
小さな公園を通り抜けて、可愛らしい商店街を通る。
「あ、ルネ、ちょっと待って」
「なん?」
ルネが私の声に気がついて、私のもとに駆け寄った。
そこは小さな可愛らしいケーキ屋さんの前。
「ちょっとだけ待ってね」
そうルネに告げて、私はケーキ屋さんに入った。
何種類かケーキを買って、店を出る。
ルネはお店の前でちょこんっと座っていた。やっぱりあなたは賢いわね。
「お待たせ、ルネ。これは瑞穂さんにお土産なのよ」
「なーん」
軽く、
『そのくらいわかってるよ、秋穂』
こんな風に一声あげた。
そして、またゆっくりと歩き出す。私のことを気にしながら。
ルネが歩みを止めたのは、周りの家と比べると、みるからに大きな家。
我が家ほど大きくはないけれど、たぶん、豪邸と呼ばれる類いの家。
「ここなの?ルネ。この家に瑞穂さんがいるの?」
「なーん」
ルネが自信満々の返事をする。 あなたが毎日通っている家だものね。間違いない
わね。
ひょいっとルネを抱き上げる。
「案内ありがとうね」
ルネは返事をする代わりに、ぺろっと私の頬を舐めた。
リンゴーン。
変わった音色のチャイムをならした。
『はい』
「あの、翠ヶ丘秋穂という者ですが」
『はい・・・』
「瑞穂さんはご在宅でしょうか?」
『・・・少々お待ち下さい』
ほんの2分くらいその場で待つと、スラッとした、マダムという言葉が似合う女性
が姿を現した。
瑞穂さんの・・・お母様・・・?
「お待たせしてすみません。どうぞお上がり下さいな」
「あ、はい。失礼します」
無言のまま玄関に上がって、差し出されたスリッパに足を通す。
階段をゆっくりと上がる。
「・・・瑞穂の・・・お知り合いですか?」
「あ、はい・・・知り合いというか・・・何と言うか・・・」
『友達』とか『知り合い』なんていう言葉では、よくわからないこの関係。
知り合いというほど他人行事ではないし、友達というほど親しくもない。
「ここが瑞穂の部屋です。どうぞ」
「有難うございます」
案内された扉の前に立ち尽くす。
瑞穂さんのお母様は、すすすっとまた下に降りて行った。
ぺろっとルネが私の頬を舐める。
『ほら、秋穂。ここまで来て帰れないだろ?早く瑞穂に逢おう』
瞳がそう、訴えかけた。
そうね・・・ここでこうしていても仕方がないわね。
コンコン
軽く扉をノックした。
「はい、どうぞ」
明るい声が返ってくる。
キィ・・・。静かに扉を開けた。
そこにはベッドの上にで上半身を起こして、ふかふかのクッションに寄り掛かっている可愛らしい女の子がいた。
あなたが――瑞穂さん――。
「えっと…どなた様ですか?」
「あ、ごめんなさい。初めまして。翠ヶ丘秋穂です」
「なーん」
ルネが確認するみたく小さく鳴いた。
「あ、・・・秋穂さん・・・?」
パタン。扉を閉めて、瑞穂さんの側に寄った。
ルネがひょいっと身軽に腕から抜け出して、瑞穂さんの上に座る。
「ルネ・・・」
「突然押しかけてごめんなさい。ルネに案内してもらって、ここまで来たの」
「ルネに・・・?」
「ええ。あなた…瑞穂さんに逢いたくて。ご迷惑だったかしら…?」
「いえ…とっても…嬉しい」
そう言って、瑞穂さんは優しく微笑んだ。
それから、私のお土産のケーキを食べながら、あの小さなカードでは話し切れない話しをたくさんした。
やっぱり彼女はとても素敵なひとで、私、ますます瑞穂さんが好きになった。
ひたすら話し続けている私たちを知ってか知らずか、 ルネは出窓のぽかぽか日が
あたる場所で外をながめたり、うたた寝をしたりしていた。
「なーお」
突然ルネが一声あげた。
私も瑞穂さんも話しを中断してルネのほうを見た。
「どうしたの?ルネ」
「なーん」
時刻は午後三時半。
「そろそろいつもルネが帰る時間よ?秋穂さん」
「そうなの?でも・・・ルネ立ち上がらないし・・・そんな勝手な子じゃないわ」
ふと、ルネが窓の外をじっと見ていることに気付いた。
何かあるのかしら…?
立ち上がって、ルネと同じ方向から窓の外を見てみた。
「あ!瑞穂さん、見て見て!」
「え?」
瑞穂さんのことを手招きで呼んだ。
もそもそとベッドの上にはいだして、瑞穂さんも窓辺からルネと私の視線の先を追った。
「わぁ・・・虹・・・!」
「すごく大きな虹よね。めずらしいわ・・・」
「すごい!綺麗・・・」
「ええ」
街の上を天架ける七色の光の橋。キラキラ輝いて、とても綺麗…。
「なーん」
虹に見とれている私たちにルネが、
『どう?素敵なもの見つけたでしょう?』
と言わんばかりに得意げに鳴いた。
猫の目は人と同で、カラーで見えると聞いたことがある。
だから、あなたにもこの虹が見えるのね。
「素敵な虹を見せてくれてありがとう、ルネ」
「本当、ありがとう、ルネ」
「なーん」
私と瑞穂さんとルネで見た虹は、今まで見た中でも特別に綺麗で、キラキラ輝いていた。
「今日は突然でごめんなさいね。有難う、とても楽しかったわ」
「こちらこそ・・・秋穂さんにお会いできて嬉しかったし・・・楽しかったわ。またぜひいらして下さいね」
「ええ、もちろん。体調が良くなったら家にもご招待するわね。パティシエが作るお菓子が最高なのよ」
「ええ、是非」
「あ、そうだわ・・・」
メモを取り出して、家の電話番号と携帯の番号とメールアドレスを書いた。
それを瑞穂さんに渡す。
「・・・え?」
「私の連絡先よ。話したいときとか・・・気軽に電話してね。私でよければ話し相手になるわ。
それに・・・あのルネのメモだけじゃ話し切れないことあるでしょ?」
「ええ・・・有難うっ」
「いいえ。じゃあ・・・またね、瑞穂さん。ごきげんよう」
「ごきげんよう、秋穂さん」
そうして、私とルネは松永家をあとにした。
素晴らしい出会いと友達をありがとう、ルネ。
大好きよ。
** Fin **
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