『 朝 と 猫 』
チチチチ・・・
かすかに聞こえてくる小鳥のさえずり。
朝がくることを告げている。
「なーん」
ぺろっと私の頬を舐めるのは、愛猫のルネ。 いつも私のことを起こしに来る。
『秋穂、朝だよ、起きて』
ルネの瞳がそう訴えかけた。そっとひとなでする。
「おはよう、ルネ」
「なーん」
ゴロゴロと喉を鳴らして、私に擦り寄ってくる。灰色の毛に硝子のように澄んだブルーアイ。
一見、そっぽを向いているようで冷たく見えるけれど、ルネはとても優しい猫なの。
ゆっくりとベッドから起き上がる。
軽く人が3人寝られるほど大きなベッド。
天井から優しく降りかかるレース。ふわふわの羽毛を使った布団と枕。
一般家庭ひとつ住めるくらい広い、ここが私の部屋。
大きな窓にかかるカーテンは、自動で開け閉めをする。
カーテンを開けると、朝もやがかかった街が見下ろせるの。
ここは高台に建っているから。 うっすらラベンダー色に染まった空。
まだ活動していない街。 パン屋さんがパンを焼く煙が細く白く立ち上る。
とても静かな冬の朝が私は好き。
「なーん」
ルネがベッドの上で丸くなりながら私をせかした。
白いブラウス、黒いネクタイ、濃いえんじ色のワンピース、
三つ折り靴下にグレーがかったローファー。 スカートはふわりとしていて膝下10センチ。
これが私が通う高校の制服。
私立桜之園学園高等部。有名なお嬢様学校でもある。
幼等部から大学部・大学院まで続いている一貫教育。私も幼等部から通っている。
徹底したお嬢様教育で、挨拶は「ごきげんよう」。
言葉遣いや動作仕草は優雅にゆっくりと。
大多数の女の子からみたら、非日常的なことがここでは日常の生活。
そんな世界に、私は生きている。
「おはようございます、秋穂お嬢様」
「おはよう」
「朝食をお持ちいたしました」
「ありがとう。置いておいてくれる?」
「かしこまりました」
メイドさんたちが手際良く朝食の支度をして退室した。
小さなテーブルに腰掛けて朝食をとる。
焼きたてのクロワッサンにイングリッシュティー、
たまご料理にフルーツヨーグルト。 あたたかな食事は身体をあたためてくれる。
「ルネ」
コトンとミルクの入った皿をテーブルの下に置く。
軽快な足どりでルネがやってきて、
「なーん」
そう、ひとこと鳴いてミルクを飲み始めた。
私の朝は、ルネとふたり。
朝もやもはれて、空が明るくなってきた頃。時間はだいたい7時。
ベッドにゆったり腰掛けて、膝の上で丸くなって甘えているルネをゆっくり撫でながら時間が過ぎていく。
「お嬢様、お出かけの準備が整いました」
「ありがとう、今行くわ」
ルネも気配を感じて、私の膝から飛び降りた。
ルネがお出かけ出来るように、小さな窓を少し開けておく。
出掛けているのか、出掛けていないのかはわからないけれど、 いつも私が帰ってくる頃には部屋にいて、
私のことを待っていてくれる。 扉を開けると脚に擦り寄ってきて、いつものように鳴くんだ。
『おかえり、秋穂』
そう言っているように。
「じゃあね、ルネ。いい子にしててね」
「なーん」
そっとひと撫ですると、ルネは決まって私の脚の回りを一周してから、ひょいっとベッドに飛び乗る。
「いってきます」
私が一番好きなのは朝。
ね、とっても素敵でしょう?
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