「湊」
「何?」
「父様と母様のところへ行きましょ」
「・・・今から?報告しに?」
「明日から、父様いらっしゃらないのよ」
「・・・そうか・・・そう、だな・・・」
「変なウワサで広まってからじゃ遅いわ」
「王室のウワサはあっという間に広がるもんなぁ」
「本当に。行きましょう」

ついっと泳ぎ出す。

「ねえ・・・本当にいいの・・・?」
「もう、決めたから。どんなリスクが伴ったって、構わないさ」
「・・・玉の輿目当てだって、言われるかもね」
「まさか、それはないよ」

けろっとした声で湊が返した。

「どうして?」
「だって、俺たち、もう5年もつきあってる。それを知らないヤツはいない」
「・・・それはそうだけど・・・嫌みで言われるわよ・・・きっと」
「まぁ、事実なんだろうけど」
「もう!」
「あはは。別に、気にしない。歌音をお嫁にもらうよりは、 何も言われないと思うよ」
「・・・わたしがお嫁に行けないのを知ってるくせに」
「たとえば、だって」
「・・・そうね」
「歌音が気にすることは何一つない」
「ありがとう」
「王様に反対されたらどうしようか・・・」
「わたしが説得するわ。でも大丈夫よ。 父様だって、母様をお嫁にもらったんですもの」
「それとこれとは訳が違う気がするんだけどなぁ・・・」
「?」

父様は、歌い手だった母様に恋をして、結婚した。
どの王女も王子も、みんなそう。
だから、大丈夫よ・・・。



「父様、母様」
「ん?歌音か。入りなさい」
「失礼します」

父様と母様のいるお部屋へと進む。
ここはとても広くて綺麗なお部屋。

「おや、湊も・・・」
「失礼します」
「構わないよ。どうしたんだ?二人揃って」
「お話があって参りました」
「まぁ、何かしら」

“わかっているわよ”という雰囲気で母様がうきうきした声で言った。
お見通し・・・なんですね・・・。

「湊と・・・結婚したいと思っています」
「・・・なるほど。それは・・・歌音から?」
「いえ、俺から言いました」
「まぁ」

母様がキラキラした目で湊を見た。
本当に母様には誰も勝てない・・・。
紫音姉様とそろうと最強なのよ・・・。

「湊、わかってはいると思うが、歌音が王室を出るんじゃない。 君がこちらに来ることになるぞ」
「はい。存じております」
「わかっていて歌音に言ったのだろう?」
「はい。望むものはひとつだけです。歌音の側に・・・いさせて下さい。 どんなリスクが伴おうとも、覚悟はしています」

じっと父様と湊が視線を交わした。
真剣な眼差し。

「・・・そうか。わかった、ふたりの婚約を認めよう」
「あ、ありがとうございます・・・!」
「二人とも随分離れていたものね。 でも、湊、わかっているでしょうけれど、 今の仕事をやめなくてはいけなくなりますよ」
「承知しています。それでも・・・もう、離れていたくないんです」
「歌音は幸せ者ね」
「か、母様・・・っ」

楽しそうに母様が言う。
まるで恋の話を友達としているかのように。
母様は、ここにお嫁に来たから、少しは湊の気持ちがわかるのかしら・・・。
王室というものの重さを、外からも内からも知っている母様だから・・・。

「くすくす。いいじゃない。ねえ、あなた」
「そうだな。こうなった以上、気兼ねなしで」
「お、王様・・・」
「公式発表は湊の仕事が一段落してからにしようか」
「え」
「まだ途中なのだろう?」
「あ、はい・・・」
「中途半端に発表して騒がせたくないし、 湊も区切りが良いところまでやりたいだろう」
「いいのですか・・・?」
「もちろんだ。その間に色々とこちらも準備しよう。2ヶ月くらい、か?」
「はい」
「わかった。一度、湊のご両親にも会いに・・・」
「来させます。王様に出向いていただくほどの場所ではありませんので」
「そうか・・・わかった。楽しみにしていることにしよう」
「歌音、ちゃんとご報告してきなさいね。湊のお母様とお父様に」
「はい、母様。もちろんです」
「湊みたいな素敵な子が息子になるんだから、楽しみよねっ」
「うちはみんな娘だからな・・・」
「ふふっ。さあ、歌音、湊。お行きなさい」
「あ、はいっ。父様、母様、ありがとうございました」
「失礼いたします」

部屋から出ると、湊がぽりぽりと頭をかいた。

「どうかして?」
「いや・・・なんか・・・予想外な反応が返ってきたから・・・」
「もっとお堅いかと思った?」
「あ、ああ・・・」
「母様は紫音姉様よりもおちゃめな方よ。父様だって優しいわ」
「表と裏を見た気分だな」
「くすくす。そうね、いつも表しか知らないものね」
「直接話す事なんてないし・・・な・・・。 それにしても、本当に簡単に認めてくれたな」
「父様だって母様と結婚したんだもの。わかっているはずよ」
「ふーむ・・・」
「わかってるのよ、ちゃんと。わたしたちが望むものを」
「・・・それって・・・」
「お金や権力なんかじゃないってこと!」
「なるほどね。さて、こちらも行ってきますか」
「ええ」


第二の行き先は湊の家。
しばらく行っていない。
湊のお父様やお母様に会うのも久しぶり。

「ただいま」
「おかえり、湊」
「おかえり。早かったじゃない。歌音様と会うって・・・」
「お邪魔します」

湊の後ろからついっと家の中へ入る。
そのとたん、おふたりが動きを止めた。

「か、歌音様・・・!」
「どうして・・・」
「ご無沙汰しています」

湊のお父様とお母様がわたしのことを“歌音様”と呼ぶのは、 生まれた時からそう呼んでいたからだそう。
それがたとえ、息子の幼なじみでも恋人でも、 呼び方を変えようとはしてくれないの。

「こんなところに出向いていただくなんて・・・申し訳ない」
「いえ、突然お邪魔して・・・こちらこそ、申し訳ありません」
「父さんも母さんもいてくれてよかったよ」
「は?」
「実はさ、話があって」
「話?」

わたしが来たことに完全に動揺してしまっているお 二人は視線をあちこちに巡らせていた。
やっぱり明日来た方がよかったかしら・・・。

「俺たち、結婚することにしたから」

その一言に、お父様がとうとう持っていたカップを落とし、 お母様が注いでいた飲み物をカップより多く注いでいた。
ふたりで話があるって来て、その言葉を想像しなかったのかしら・・・?
父様と母様は半分以上わかっていたようだったけれど・・・。

「な、に、をっ」
「けっこ・・・ん・・・?!」

「へー、兄貴、歌音さんと結婚するんだ」

さらっとそう言った声がわたしの後ろから響いた。

悠斗(ゆうと)、聞いてたのか」
「帰ってきたとたんの衝撃の告白だね、兄貴」
「おかえりなさい、悠斗君」
「ただいまです、歌音さん。お久しぶりです」

そう言ってにっこり笑ったのが、湊の弟の悠斗君。
湊とは違い、優しく甘い顔立ちが人気の子。
4つ年下の19歳。

「湊・・・それ本気で?」
「おまえ、王女様相手だってわかって・・・」
「当然わかってる。わかってて言ってるし・・・」
「あの、突然のご報告で本当に申し訳ありません」
「お、王様がなんとおっしゃるか・・・!」
「もう許可を頂いてきましたわ」
「歌音様・・・!」
「王様のお許しが出ていると・・・」
「ああ。さっきふたりで行ってきた」

お父様とお母様が顔を見合わせた。
悠斗君はやれやれという顔をしている。

「・・・そう・・・ああ、驚いたわ・・・まだドキドキしてる」
「仕事から帰ってきたと思ったら・・・。 まぁ・・・王様が許可を下さってるんだから、 私たちが言うことは何もない。だろう、母さん」
「そうね。家にいないのは今に始まったことじゃないし・・・ ふたりが付き合ってるのは充分承知だもの。 こんな日が来てもおかしくないとは思っていたけれど・・・」
「おめでとう兄貴。これで晴れて婚約者だね」
「あ、ああ。ありがとう」
「歌音さん、こんな兄貴だけどよろしく」
「え、あ、こちらこそ」
「昔っから兄貴は歌音さんのことばっかりだからねー。 言わなくてもわかるくらい」
「こら、悠斗っ」
「嘘は言ってないだろ?」
「ぐっ・・・」
「ごめんなさいね、鈍感娘で」
「ああ、歌音さんのことを言ってるんじゃないんですよ」
「いいのよ、姉様達にさんざん言われたもの。“歌音は鈍感だ”って」
「それも歌音さんの良いところだと、僕は思いますよ」
「ありがとう」

悠斗君がにっこりと笑って言った。
悠斗君は昔からこんな調子。でも、それがすごく素敵だっていつも思う。
そうね…人間界で言うなら、 ホストとかが似合いそうなくらい、優しくて笑顔が素敵な子。
湊とは逆のタイプね。

「歌音様、今度王様とお后様の所にご挨拶に伺わせてくださいな」
「ええ、お待ちしております」