そして翌週の日曜日。
つきあって約半年。
散々ふたりきりで会ってきたにもかかわらず、ちゃんとしたことがなかった、初めてのデートに出かけた。
・・・半年一緒にいたおかげで、出かけるだけでドキドキする、とかはなかったんだけど・・・。
待ち合わせをして、電車にのって市街地へ。
大きな公園の中にある美術館は、趣のある建物だった。
庭には当たり前のように、あたしでも知ってる超有名な彫刻のレプリカが置いてあったり!
特別展示という西洋美術展は、ヨーロッパ各地の有名美術館から名画を持ち寄っている、というのが目玉で、 日曜日ということもあってか混み合ってた。
ものすごく静かな場所をイメージしていただけに、ざわざわと話し声が聞こえる会場内はちょっと新鮮だった。
解説を読み上げてくれる案内機器を貸し出したりもしていたけど、あたしの場合は隣にいる聖夜君がさらっと説明してくれる程度で十分。
だって、詳しいことを言われてもわからないもん。
あたしがサラッと見てしまうのに対して、聖夜君は食い入るように絵を見つめていた。
それこそ、筆の跡でも探してるみたいにね。
難しいことはよくわからないけど、ここにある絵が、もともとはぜーんぶ真っ白なキャンバスで、 そこに絵の具と筆で世界をうつして、この絵が出来上がったっていうことはわかる。
生活のワンシーンだったり、誰かの姿だったり、風景だったり・・・写真のように書き留めたんだろうな。
筆と絵の具でどうしたらこんな絵が出来上がるのか、なんていうのはサッパリわからないけどね。

「ねえ、聖夜君はどうして絵を描き始めたの?」

そう、美術展のあとに公園を散歩しながら聞いてみた。
絵描きは、どうして、絵を描くんだろう。
ふと、そう思ってしまったから。
あたしのそんな素朴な質問に、聖夜君はたっぷりと一分は考えこんでから、

「さあ?気がついたら描いてた」

って笑いながら言った。
それから、描き始めたキッカケはわからないけど、たぶんおばあちゃんの影響だろうって話をしてくれた。
もう亡くなってしまったお祖母様は、あの鳥籠カフェのアトリエの元々の持ち主で、風景画をスケッチすることを趣味にしていたんだそう。
水彩画で、小さなスケッチブックに、出かける度に何枚も絵を描いて帰ってきたんだとか。
道具があったし、お祖母様が描いていたことから、見よう見まねで始めたんじゃないかと。

「でもさ、描き続けてるのは・・・きっと、本があるからなんだ」

そう、あたしのことを見て言った。
本に書かれる文字の世界。
そこから描き出す、イメージした世界を、描いてみたくなるんだ、と。
だから、聖夜君の絵は風景画よりもファンタジックなのね。
銀河さんがいつか言ってた。
写真は目の前にあるものを偽りなく残すことが出来るけど、絵は目の前にないものをあたかも存在するように残すことができるんだって。
だから写真が好きだし、絵を描ける聖夜君を羨ましく思うこともある、と。


広い公園をぐるりと散歩してから、聖夜君は

「考えておくって言った手前悪いんだけど、特に他に行く場所が思い浮かばなかった」

って申し訳なさそうに言った。
聖夜君にとって、最大の目的が美術展だったんだから仕方がないと思うけどね。
実は、美沙お姉ちゃんに銀河さんとデートとかするときはどこに行くのか、 というリサーチをしてみたんだけど、大抵撮影会になって終わる、という返事が返ってきたらしい。
それも、銀河さんと美沙お姉ちゃんならごく自然に思えるから、憎めないよね。
あたしも一応、行きたい場所とか考えてはみたんだけど、情けないことに全然デートスポット的なところは思い浮かばなかった。
お小遣いにも限界があるしね・・・。
そこで

「聖夜君のとっておきの場所を案内してもらったから、今度はあたしのとっておきの場所を案内するよ」

そう言った。
あたしのとっておきの場所。
それは、この街にある県立図書館。
家から行ける市立図書館や学校の図書館でも十分なんだけど、1年に2〜3回、あたしはここの図書館に足を運ぶ。
あたしと同じ本をだいたい読んでいる、という聖夜君なら、 図書館くらい知ってるかなと思ったんだけど、意外なことに来たことがなかったという。

「おれは学校の図書館くらいで事足りるからな。いくら本好きでも、おまえの読書量と一緒にされたら困る」

なんて言われてしまった。
確かにね・・・あたしが本を読んでいる間、聖夜君は絵描いてるもんね・・・。
ふと、じゃあいつ読むの?と聞いたら、家で、という簡単な答えが返ってきた。
そして

「おまえな・・・おれが家でも絵描いてるとでも思ってるわけ?」

と、ちょっとふてくされたような声で言った。
・・・・・・ちょっと、思ってたけどね・・・。
聖夜君と知り合うキッカケは本だったけど、聖夜君が本を真剣に読んでいるっていうの・・・見た事ないんだもん。
聖夜君には筆とスケッチブックの方がよく似合う。
ここの図書館は古い洋館みたいな外観が特徴の綺麗な図書館。
でも、システムはちゃんと現代に対応してて、パソコンでの蔵書検索、磁気カード式の貸し出し記録と予約、CDの貸し出しまで揃ってる。
さすが県立なだけあって、大型の資料本なんかもずらっと揃ってる・・・んだけど、あたしには無縁。
あたしが主にお世話になるのは、外国文学のコーナーや児童書、新書なんかのコーナーだもの。
この「デートスポットらしくない場所」でも、聖夜君はとても喜んでくれた。
あたしも足を運ぶのは久しぶりで嬉しくなっちゃって、結局帰りの荷物が重くなる羽目になってしまったけどね。



「今日はどうもありがとう」
「たいした事してないけどな」
「ううん、知らなかった事がたくさん知れた。それだけで充分」
「・・・そっか」

駅からの道を歩きながら、今日のお礼を言った。
あたし一人では美術館なんて行く事はなかったと思う。
綾ちゃんとだって、そう。
聖夜君とじゃなきゃ、行かなかった。
たくさんの絵画、本物の“絵”。
印刷物では感じられない事がたくさんあった。

「あ、聖夜君この道右だよね」
「いいよ、家まで送る」
「そんな、遠くなるし、本重いでしょ」
「もう暗いし、送るって。それに・・・」
「それに?」
「・・・・・・もう少し、一緒にいたい」
「!」

・・・わざわざ、照れるのわかってて言ってくれるのは、やっぱり綾ちゃんのせいなのかな・・・。
聖夜君は少しあたしから視線をそらして、わざとらしくマフラーを巻き直した。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

そう言って、聖夜君の腕に触れた。
あたしも聖夜君も、本という大荷物があるから、手は繋げないから、ね。
せめて、これくらいいいでしょう?

「・・・思ったんだけどね」
「何?」
「二人で、その・・・デートっていって出かけるのもいいけど、あたしはいつも通りでも充分だよ」
「・・・・・・いつもって、アトリエ?」
「うん。あ!楽しくなかったとか、嫌だとか言ってるんじゃなくてね?その・・・お出かけは、特別な時だけでもいいなって」
「・・・・・・実は、おれもそう思った」
「聖夜君も?」
「ほんとインドア派だよな、おれたち」
「だね。でも、一日こうやって一緒にいられて、いろんなこと話せるのは嬉しいよ」
「・・・そうだな」

普段はあまり出来ない話ができるのはいいかもしれないって思った。
学校じゃほとんど会えないし(会ってたら休み時間がなくなっちゃう)、アトリエでは二人ともおしゃべりってわけじゃないしね・・・。
本がなくて、スケッチブックもキャンバスもなくて、さえぎるものがなにもないからかな。

「今度、また何かあったら誘ってね」
「何か?」
「美術展でもいいし・・・行きたいとことか」
「そっくりそのまま、同じ台詞を返しておくことにする」
「・・・ありがと」

時々でいいの。
二人で一緒に見るモノや、行く場所が増えて・・・特別な時間が増えたら、それだけで嬉しいと思う。


** Fin **