『海と空の青〜秋空〜』
「ねえ、まりん。どの競技にするか決めた?」
ホームルームの時間、ひょいっと振り返って、あたしの前の席に座っていた親友の高木綾ちゃんがあたしにそう言った。
残暑厳しい9月。
2学期が始まったばかりだというのに、ホームルームの話題は体育祭一色。
残暑厳しすぎるせいで体育祭を春に開催する学校もあるっていうのに、うちの学校は伝統にならって10月始めに開催することになってる。
今はその種目に出る選手決めのホームルーム中。
しきりをまかされた体育祭実行委員が黒板にどんどん種目名と人数を書き連ねていってる。
これからその出場者を決める、というわけ。
「文化系の人間にそれを言わないでよー」
「文化系だからでしょ!でも。まりん、体育は普通にできるじゃん」
「普通にしかできません!出来れば徒競走にはあたりたくないとこだなあ」
「うちのクラス、体育系の人少ないからねー。普通レベルでも出されそうだよね」
「綾ちゃんに走るのはまかせておく!」
綾ちゃんはバドミントン部に所属してる。
美容師になるには体力いるからね!っという理由で選んだんだそう。
バドミントンなんて瞬発力のほうがメインでそんなに走らないし、と本人は言ってるけど、
本を読むだけで全く走らないどころか歩きもしないあたしよりはマシだと思うんだ。
それに、50m走のタイムだってイイほうなんだから。
「ん?何あの競技」
「・・・借り人競争・・・?借り物競走みたいなものなんじゃない?」
「ふうん・・・新しい種目なのかな。おっもしろそう」
「綾ちゃん好きそうだよね、ああいうの」
「出来ればパン食い競争に出たいところなんだけど、ないんだよねー」
残念!っと言いながら、綾ちゃんはくるりと姿勢を前に向けた。
毎年、いくつかのお決まりの種目以外は体育祭実行委員で新しい競技や種目が追加・
変更されているらしい・・・というのはきいてたけど、これがまさにそれというわけね。
でも、借り人・・・って・・・ほんとに借り物競走みたいなものなのかな。
結局、あたしが出るのはクラス全員が必須参加の全員リレーとむかで競争、
女子全員参加の玉入れ、二人三脚、そして不本意ながら全クラブ参加の部活対抗リレーになった。
部活対抗リレーは、各部活の衣装(ない場合は制服)を着て、その部活に特徴的なもの
をバトン代わりにして走る、という・・・お決まりのものなんだけれど・・・。
つまり、我が読書部は制服に本を持って走らなきゃいけないことになるのよね・・・。
3年生が引退した今、2年生が走らされることくらい想定しておくべきだったわ。
「へえ、おまえも部活対抗出るんだ」
「も、ってことは、聖夜君も?」
毎週水曜日の放課後、鳥籠カフェの屋根裏部屋にある聖夜君のアトリエ。
そこに、聖夜君が絵画教室に行くまでの時間お邪魔させてもらうのが、あの夏の日からの恒例となってる。
クラスも部活も違うから学校内では会うことも全然なくて、こうして会えるのはお互いに部活のない水曜日と金曜日になった。
アトリエだから、聖夜君が描いてるところに、あたしがお邪魔してるみたいな形になってるのは仕方がないけど、
ここで本を読む時間も気に入ってる。
聖夜君がいて、絵の具のニオイがして、筆や鉛筆を動かす音がする。
まるで、あの学校の裏庭みたいに・・・。
窓辺にちょこんと置かれた丸椅子に腰掛けてるあたしと、キャンバスに向かう聖夜君。
そんな空間。
「二年生の中でタイムの良いやつをってことで無理矢理」
「聖夜君、タイム良いの?」
「普通。美術部がインドア派揃いっていうだけ」
「な、なるほど。うちは単なる人手不足みたいなものだからなー」
「読書部が走るとか、縁遠いな」
「ごもっともです」
・・・そういえばあたしたち、ほとんど普段のこと知らないんだ。
成績や得意教科、音楽、体育・・・・・・聖夜君が美術が出来るのは知ってるけど・・・他はなにも知らない。
それは、聖夜君があたしのことを知らない、という意味でもあるわけで・・・。
つきあってるのに、なんだか、遠い気がしてくる。
わざわざ話題にするようなことでもないし・・・そういえば好きな食べ物とかも知らない・・・。
「クラスが違うと接点ないよね・・・」
「1組と5組じゃな」
「えっ、ごめん、あたし声にしてた?」
「なに、声にしてないつもりだったわけ」
「・・・・・・」
「ちなみに、1年の時は何組?」
「え?4組だけど」
「じゃあ遠いな。おれ1組だったから」
「ほんとびっくりするくらい学校で接点ないよね、あたしたち」
「・・・・・・別に、気にする事じゃないだろ」
そう言って、数歩離れた場所にあったキャンバスから、
トントンッと足音を鳴らして移動してきた聖夜君が、コツン、と手にしていた筆の柄であたしの頭をつついた。
たったそれだけなのに、他の人がやったら文句を言いたくなりそうなことなのに、なんでかな・・・うれしい、なんて思うのは・・・。
聖夜君が少し笑ってるからなのかな。
「おれたちは学校以外での接点があるってだけ。そうだろ」
「・・・・・・うん、そうだね」
でも、1日の半分を過ごす学校という場所で、こんなにも接点がないと、ちょっと・・・さみしく思えてくる。
・・・知らないのなら、知れる楽しみがあるってことにすればいいんだよね!
うん、そうよね。
きっとこれから、たくさん知っていけるし、知ってもらえる。
「聖夜君が走ってるの見るの、楽しみにしとくね!」
「お互い様、とだけ言っておく」
「5組は赤組だよね?」
「1組もだろ」
「そう!敵にはならずにすんでよかった」
「クラス対抗にすればいいのに、なんで紅白分けするんだろうな、うちの学校」
「さあ・・・」
各学年、偶数の組は白、奇数の組は赤に分かれて、総合得点を競い合うのが体育祭の習わし。
でも、実際はクラス対抗みたいな感じなんだよね・・・。
学年を半分にする、なんて、大まかすぎるもん。
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