「聖夜君!」
「水海」

待ち合わせ場所には、すでに聖夜君が来ていた。

「ごめん、待たせちゃった?」
「いや、大丈夫・・・」

聖夜君が、じっとあたしを見る。
ああ、そうか・・・今日は普段しないような髪飾りをしてるから、珍しいよね。
あたしひとりじゃ、こんな髪型やらないし・・・。

「どう、かな。綾ちゃんがやってくれたの」
「・・・いいんじゃない?その・・・可愛い、と、思うけど」
「!・・・ありがとっ」
「ほら、行こう」
「うん」

“可愛い”だって!
聖夜君がそんなこと言うなんて、思ってなかった。
だから、余計に嬉しくなる。
だってだって、あの聖夜君から“可愛い”なんて言葉が出てくるなんて、意外なんだもの!

「何、笑ってるの」
「なぁんでもないっ」
「・・・・・・まあ、いいけどさ・・・」
「ふふっ」

きっと、他の女のコじゃ聞けないよね。
聖夜君から“可愛い”なんて言葉。

「ほら、置いてくぞ」
「あ、ちょ、待ってよ!」

あたしよりも数歩先に歩き出した聖夜君を追って駆け出す。
ねえ、今日はね、ひとつ欲しいモノがあるの。
気づいて、くれるかな・・・?


「ね、海水浴場に行くの?」
「いや。穴場」
「穴場?」
「兄さんに教えて貰ったんだ。良い場所があるって」
「へぇ・・・!」

銀河さんおすすめの場所・・・か。
きっと綺麗なんだろうなぁ・・・。





案内してくれた場所は小さな浜辺で、人がほとんどいない。
とても静かな場所。
遊泳禁止の看板が立ってて、誰一人として泳いでない。
夏に泳げない海なんて、用なしみたいね。
でも、銀河さんがおすすめするだけあって、アングルは最高。
微かに赤みを帯びてきた太陽が綺麗だった。

「さすがに夏のこの時間は明るいな」
「まだまだだったねー残念」
「また、冬に来ればいい」
「・・・うん。そうしたら、聖夜君の絵みたいな風景、見られるかな」
「向こう岸に街はないけど」
「でも、水平線がまるでないみたいで…海と空の青がひとつに見えるの。素敵じゃない?」
「・・・そう、だな」
「海と空の青って、いつかどこかで、一緒になってるみたいな気がしてくる」
「・・・そうだったら、いいよな」
「うん」
「現実的には無理だけど」
「・・・そうだけど・・・こうやってずーっと隣同士なんだよ?どこかで一緒になれば、素敵なのに」
「夜になれば、境界線もわからなくなるさ」
「・・・そうだね」

まるで、鼓動のように打ち付ける波音が気持ちいい。
何度も何度も繰り返すその音に、思わず聞き入る。
キラキラ光る水面が、とても綺麗で目が離せない。
写真や絵って・・・映像で残せていいなぁ・・・なんて思ってしまう。
だって「綺麗」の二文字で片付けられないものを残せるんだもん。
羨ましい。

「・・・まりん」

ふと呼ばれたその響きに振り向く。

「・・・今」
「え?」
「名前、呼んだ?」
「あ、えっと・・・ダメ、か?」
「ううん!ダメじゃないっ!嬉しいっ」
「そ、それなら、いいんだけど」
「今日ね、それが欲しかったの」
「?」
「呼んで欲しかったの。名前。ずうっと名字だったでしょ?」
「あー・・・まぁ、な・・・」
「ふふっ。ね、も一回呼んで?」
「なっ!・・・わざわざ言う事じゃないだろ」
「だあって・・・」

欲しかったの。
その言葉。
“まりん”って呼んで欲しかったの。
特別な気がするでしょう?
ずっとずっと、近くにいける気がするでしょう?
聖夜君に、そう呼んで欲しかったの。

「あーもー、プレゼント渡す前に喜ばれてもなぁ・・・っ」
「だーって・・・」
「いいからっ!こっちももらって」

ずいっと、聖夜君が包みを差し出す。

「誕生日、おめでとう。・・・まりん」
「・・・ありがとう」

差し出された包みを受け取る。

「ねえ、開けてもいい?」
「ご自由にどーぞ」

ぶっきらぼうに聖夜君が言った。
これも、照れてるんだよね。
受け取った包みを開くと、綺麗なネックレスが入っていた。
青や水色で統一された、キラキラのネックレス。

「わ・・・!綺麗…。ありがとうっ」
「・・・貸して」
「え?」

ついっとあたしの手からネックレスをすくい取る。
カチっと留め具を外して、
あっけにとられたあたしの胸元に、ネックレスの冷たさが伝わる。
後ろに回された手とか、距離がやけに近くて、鼓動が速くなる。

「・・・好きだよ、まりん」

そう、耳元で聖夜君が小さく言った。
その言葉に顔が熱くなる。
な、なにも、そこで言わなくてもいいじゃないっ・・・!

「っ・・・」
「何?」
「ず、ずるいっ」
「へ?」
「もぅ〜〜〜〜・・・・・・」

仕返しと言わんばかりに、腕に飛びついてみる。
ずるいずるいずるい・・・!
反則だよっ。

「いや、ほら、おれ一回しか、その・・・言ってないなと思って」
「〜〜〜あたしだって一回しか言ってないよっ」
「あはは!ごめんごめん。あーでも、照れてる姿見れて役得だな、おれ」
「聖夜君のいじわるっ」

腕に絡みついたあたしの頭を、ぽんぽんと聖夜君がなでた。
・・・・・・惚れた弱みだ。
こんなことで嬉しいと思う日が来るなんて、思わなかった・・・!

「・・・怒った?」
「・・・怒って、ない」
「じゃあ何?」
「はっ・・・恥ずかしいだけっ」
「・・・バカ」
「バカでいいもん」

ちらっと目を上げると、聖夜君が軽く微笑んだ。
そんな簡単に笑わないでよ・・・!
いつも、いつも、笑わなかったじゃない・・・っ。
ああ、弱いな・・・。
そんな顔見せられると、もっと好きになる。
もう、抜け出せない。
きっと、もうしばらくは、ドキドキさせられっぱなしなんだろうな…。
だって、ほら

「まりん、ほら、機嫌直して」

“まりん”
その一言で嬉しくなるから。

「・・・・・・クリスマス」
「え?何、突然」
「クリスマス・イヴ・・・また、来よう?」
「・・・・・・わかった。約束、な」
「うん」

クリスマス・イヴ。
12月24日。
それは、あなたの誕生日。
今度は、あたしから、おめでとうって言わせてね。
きっと、それまで・・・一緒にいられるよね?

「その時なら見れるかもな」
「?」
「海と空の青が一緒のトコロ」
「…うん」


海はあたし。

空はあなた。

いつも隣同士。
そう、いられればいいな・・・。




End.



2009.08.12. Up